牧民忠告 / 受代
為政者不難於始,而難於克終也。初焉則銳,中焉則緩,末焉則廢者,人之情也。慎終如始,故君子稱焉。
新字:為政者不難於始,而難於克終也。初焉則鋭,中焉則緩,末焉則廃者,人之情也。慎終如始,故君子称焉。
書き下し
政(まつりごと)を為す者は始めに難(かた)からずして、終わりを克(よ)くするに難し。初めは則ち鋭く、中ごろは則ち緩み、末は則ち廃するは、人の情なり。終わりを慎むこと始めの如くす、故に君子はこれを称す。
現代語訳
政治を行う者は、始めることは難しくないが、最後までやり遂げることが難しい。最初は意気込みが鋭く、途中で緩み、終わりには途絶えてしまうのが、人の常である。終わりを始めと同じように慎むからこそ、君子はそれを称えられるのである。
解説
本条は、為政者にとって最も難しいのは着手ではなく完遂であると説く。人はえてして初動には熱意を持つが、時間の経過とともに緊張感を失い、最後には投げ出してしまいがちである。「慎終如始」に通じる思想は儒家で一貫して重んじられてきた徳目である。現代の管理職にとっても、プロジェクトの立ち上げ時の熱量を任期や事業の終盤まで維持できるかどうかが、成果と信頼を左右する分岐点となる。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
克終慎終如始持続初心
関連する章句
-
尚書・咸有一德七世の廟は、以て徳を観るべし。万夫の長は、以て政を観るべし。
-
『墨子』公孟二三子、子墨子に復して曰く、「告子は仁を為すに勝えたり」と。子墨子曰く、「未だ必ずしも然らざるなり。告子の仁を為すは、譬うれば猶お跛にして以て長しと為し、隠にして以て廣しと為すがごとし。久しかる可からざるなり」と。
-
『呻吟語』内篇・存心・千金の子の盜を防ぐがごとし千日義を集むるも、一刻も心に慊らざるを禁じ得ず。是を以て君子は瞬存息養し、一刻も道義の上に在らざること無し。其の不義を防ぐや、千金の子の盜を防ぐがごとし、餒うるを懼るるの故なり。
-
『囲炉夜話』第百三十則・川は海を學びて海に至る川は海を學びて海に至る、故に道を謀る者は、止心有るべからず。 莠は苗に非ずして苗に似たり、故に理を窮むる者は、真見無かるべからず。
-
論語・顔淵篇子張、政を問う。子曰く、「之に居りて倦むこと無く、之を行うに忠を以てす。」
-
『後世への最大遺物』第一回・上から掘れ、おれは下から掘る「われわれのような貧乏人で、貧乏人には何も大事業を遺して逝くことはできない」というと、弟が兄に向っていうには、「この山をくり抜いて湖水の水をとり、水田を興してやったならば、それが後世への大なる遺物ではないか」というた。兄は「それは非常に面白いことだ、それではお前は上の方から掘れ、おれは下の方から掘ろう。一生涯かかってもこの穴を掘ろうじゃないか」といって掘り始めた。それでどういうふうにしてやりましたかというと、そのころは測量器械もないから、山の上に標を立てて、両方から掘っていったとみえる。それから兄弟が生涯かかって何もせずに……たぶん自分の職業になるだけの仕事はしたでございましょう……兄弟して両方からして、毎年毎年掘っていった。