弁名 / 極
易有太極。漢儒以爲元氣。宋儒以爲理之尊稱。皆非也。易謂六十四卦。三百八十四爻也。太極者謂聖人所立以爲準據者也。易六十四卦。三百八十四爻。皆莫非示民所準據者。是則又其統會者。故曰太極。卽說卦傳所謂立天之道。曰陰與陽。立地之道。曰柔與剛。立人之道。曰仁與義。是也。故大傳又曰。六爻之動。三極之道也。豈不然乎。
新字:易有太極。漢儒以為元気。宋儒以為理之尊称。皆非也。易謂六十四卦。三百八十四爻也。太極者謂聖人所立以為準拠者也。易六十四卦。三百八十四爻。皆莫非示民所準拠者。是則又其統会者。故曰太極。即説卦伝所謂立天之道。曰陰与陽。立地之道。曰柔与剛。立人之道。曰仁与義。是也。故大伝又曰。六爻之動。三極之道也。豈不然乎。
書き下し
易に太極有り。漢儒は以て元気と為し、宋儒は以て理の尊称と為す。皆非なり。易は六十四卦、三百八十四爻を謂ふなり。太極とは、聖人の立てて以て準拠と為す所の者を謂ふなり。易の六十四卦、三百八十四爻は、皆民に準拠する所を示す者に非ざるは莫し。是れ則ち又其の統会する者なり、故に太極と曰ふ。即ち説卦伝の所謂「天の道を立てて陰と陽と曰ひ、地の道を立てて柔と剛と曰ひ、人の道を立てて仁と義と曰ふ」、是なり。故に大伝に又曰く、「六爻の動くは、三極の道なり」と。豈に然らざらんや。
現代語訳
『易経』(繋辞伝)に「易に太極あり」という。漢代の儒者はこれを元気(万物の根源の気)とし、宋代の儒者は理の尊称とした。どちらも誤りである。易とは六十四卦・三百八十四爻をいう。太極とは、聖人が立てて拠り所としたものをいう。易の六十四卦・三百八十四爻はどれも、民に拠り所を示すものでないものはない。そしてそれらをさらに一つに束ねたものであるから「太極」という。説卦伝に「天の道を立てて陰と陽といい、地の道を立てて柔と剛といい、人の道を立てて仁と義という」とあるのがこれである。だから繋辞伝にも「六爻が動くのは、三極(天・地・人の基準)の道である」という。まさにそのとおりではないか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・理を推して是れ視る時勢を以て理を低昂する者は、眾人なり。理を以て時勢を低昂する者は、賢人なり。理を推して是れ視、低昂する所無き者は、聖人なり。
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『呻吟語』外篇・品藻・惟だ其の理のみ勢の為す可からずして猶ほ之を為す者有るは、惟だ其の理のみ。此を知らば則ち三仁は五臣と事功を比す可く、孔子は堯・舜と政治を較ぶ可し。
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『呻吟語』内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、汝は理を直ちに命と云ふ、是大いに誤れり。理は玉の理なり。又総て物の理なれば、通るまでのことにて死物なり。命は、書経にも、惟れ命は常に于てせずと云へり。天の降せる命なれば、活物の性なり。斯くのごとく別なり。然るを、死活を以て一致とするは如何なることぞ。
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