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弁名 / 陰陽五行

其以五行配諸五味。則傳記所謂五聲五臭五色之類。洪範時既有之。而所謂雨暘燠寒風。亦似始以天之五氣言之。葢天地之間。物無算。而不出水火木金土五者。動物無算而亦不出羽毛贏鱗介五者。聲色臭味亦無算。而不可得而端倪也。聖人各以五紀其類以象之。而後人始得以別焉。日月亦無算也。以干支紀其名。而後人始得以命焉。物之數不可得而窮極也。聖人立一二三四五六七八九十之名。而後人始得以算焉。以此觀之。五行者聖人所立以爲萬物之紀者也。辟諸富商以記號別其貨。豈必有其理哉。亦御繁之術已。

新字:其以五行配諸五味。則伝記所謂五声五臭五色之類。洪範時既有之。而所謂雨暘燠寒風。亦似始以天之五気言之。葢天地之間。物無算。而不出水火木金土五者。動物無算而亦不出羽毛贏鱗介五者。声色臭味亦無算。而不可得而端倪也。聖人各以五紀其類以象之。而後人始得以別焉。日月亦無算也。以干支紀其名。而後人始得以命焉。物之数不可得而窮極也。聖人立一二三四五六七八九十之名。而後人始得以算焉。以此観之。五行者聖人所立以為万物之紀者也。辟諸富商以記号別其貨。豈必有其理哉。亦御繁之術已。

書き下し

其の五行を以て諸を五味に配するは、則ち伝記の所謂五声・五臭・五色の類、洪範の時既に之れ有り。而して所謂雨暘燠寒風も、亦た始め天の五気を以て之を言ふに似たり。蓋し天地の間、物算無くして、水火木金土の五者を出でず。動物算無くして亦た羽毛贏鱗介の五者を出でず。声色臭味も亦た算無くして、得て端倪すべからざるなり。聖人各々五を以て其の類を紀して以て之に象り、而る後人始めて得て以て別つ。日月も亦た算無きなり。干支を以て其の名を紀し、而る後人始めて得て以て命く。物の数得て窮極すべからざるなり。聖人一二三四五六七八九十の名を立てて、而る後人始めて得て以て算ふ。此を以て之を観れば、五行は聖人の立てて以て万物の紀と為す所の者なり。諸を富商の記号を以て其の貨を別つに辟ふ。豈に必ずしも其の理有らんや。亦た繁を御するの術のみ。

現代語訳

五行を五味に配することは、伝記にいう五声・五臭・五色の類で、洪範の時すでにあった。いわゆる雨・晴れ・暖・寒・風も、もとは天の五つの気として言ったもののようである。思うに、天地の間の物は数えきれないが、水・火・木・金・土の五つを出ない。動物も数えきれないが、羽・毛・裸・鱗・甲羅の五つを出ない。音・色・匂い・味も数えきれず、とりとめがつかない。聖人はそれぞれ五つでその類をしるして象どり、それで人ははじめて区別できるようになった。日や月も数えきれない。干支でその名をしるし、それで人ははじめて呼べるようになった。物の数は窮め尽くすことができない。聖人が一から十までの名を立てて、それで人ははじめて数えられるようになった。こうして見れば、五行は聖人が万物の目印として立てたものである。豪商が記号で商品を区別するようなもので、必ずしもそこに理があるわけではない。多くのものを扱うための術にすぎない。

解説

徂徠の五行論の核心である。天地の物も、動物も、色や味も数えきれない。聖人はそれを五つの類に分けて目印とし、日月には干支を、物の数には一から十の名を立てた。それで人ははじめて区別し、名づけ、数えることができる。五行は豪商が商品につける記号のようなもので、そこに宇宙の理があるわけではなく、繁雑なものを扱うための術だという。分類やコード体系の本質をよく突いている。分類は世界の真理ではなく道具であり、役に立つかどうかで評価すべきものなのである。

この章句が説くこと

五行分類記号聖人干支術

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