弁名 / 思謀慮
思者思惟也。論語曰。學而不思則罔。子夏曰。切問而近思。中庸曰。博學之。審問之。愼思之。明辨之。篤行之。管子曰。思之思之。思之而不通。鬼神將通之。是學問之道。思爲貴也。洪範曰。思曰睿。睿作聖。是聖人之德。以其善思也。孟子曰。心之官則思。是人之所以爲人。亦以其能思已。後儒之無深遠之思。乃以三思爲大過。妄哉。
新字:思者思惟也。論語曰。学而不思則罔。子夏曰。切問而近思。中庸曰。博学之。審問之。慎思之。明弁之。篤行之。管子曰。思之思之。思之而不通。鬼神将通之。是学問之道。思為貴也。洪範曰。思曰睿。睿作聖。是聖人之徳。以其善思也。孟子曰。心之官則思。是人之所以為人。亦以其能思已。後儒之無深遠之思。乃以三思為大過。妄哉。
書き下し
思は思惟なり。論語に曰く、「学びて思はざれば則ち罔し」と。子夏曰く、「切に問ひて近く思ふ」と。中庸に曰く、「博く之を学び、審らかに之を問ひ、慎みて之を思ひ、明らかに之を弁じ、篤く之を行ふ」と。管子に曰く、「之を思ひ之を思ふ。之を思ひて通ぜずんば、鬼神将に之を通ぜんとす」と。是れ学問の道、思を貴しと為すなり。洪範に曰く、「思を睿と曰ふ、睿は聖を作す」と。是れ聖人の徳、其の善く思ふを以てなり。孟子曰く、「心の官は則ち思ふ」と。是れ人の人為る所以も、亦た其の能く思ふを以てのみ。後儒の深遠の思ひ無き、乃ち三思を以て大過と為す。妄なるかな。
現代語訳
思とは思惟(考えること)である。『論語』に「学んでも考えなければ、ぼんやりして得るところがない」とある。子夏は「切実に問い、身近に考える」と言った。『中庸』に「広く学び、詳しく問い、慎んで考え、はっきり見分け、篤く行う」とある。『管子』に「考えに考える。考えても通じなければ、鬼神が通じさせてくれる」とある。これは学問の道において、考えることが貴ばれることを示している。『書経』洪範に「思は睿(聡明)といい、睿は聖をなす」とある。これは聖人の徳が、よく考えることによることを示している。孟子は「心のはたらきは考えることである」と言った。人が人である理由も、考えることができる点にある。後の儒者は深く遠くまで考えることがなく、「三たび考える」ことを過ぎたことだとした。でたらめである。
解説
この章句が説くこと
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『童子問』卷上童子曰く、甚だしいかな学問の大なるや。願はくは其の詳を聞かんと。曰く、宋明の儒先皆性を尽くすを以て極則と為して、学問の功の益大なることを知らず。殊に知らず、己の性は限り有りて、天下の道は窮まり無きことを。限り有るの性を以て、窮まり無きの道を尽くさんと欲す。則ち学問の功に非ざれば、得べからざるなり。此れ孔門の専ら教を貴ぶ所以なり。中庸に曰く、唯だ天下の至誠のみ、能く其の性を尽くすと為す。能く其の性を尽くせば、則ち能く人の性を尽くす。能く人の性を尽くせば、則ち能く物の性を尽くす。能く物の性を尽くせば、則ち以て天地の化育を賛くべし。以て天地の化育を賛くべければ、則ち以て天地と参なるべしと。所謂能く其の性を尽くすとは、吾が性の分内に就きて言ふ。其の人物の性を尽くして、天地の化育を賛くるに至りては、則ち亦た我が性を尽くすの推しと雖も、豈に徒らに我が性を尽くすのみならんや。夫れ人の我に与ける、体を異にし気を殊にして、其の疾痛病癢、皆相関らず。況んや人の物に与ける、類を異にし形を殊にす、何ぞ相干渉せん。財成輔相して天地の道に、万物をして各其の性を遂げしむと謂ふは、則ち可なり。之を我が性を尽くすと謂ひて、可ならんや。然らば則ち唯だ我が性を尽くすのみにして、学問の功に由るに非ずんば、得べからざること明らかなり。
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言志四録・言志録 第百九十九条 心の智愚は学びて変ずべし人の受くる所の気、其の厚薄の分数は、大抵相若く。躯の大小、寿の脩短、力の強弱、心の智愚の如き、大いに相遠き者無し。其の間一処の受くること厚き者有れば、皆之を非常と謂ふ。非常は則ち姑く之を置く。常人の如きに就きては、躯と寿と力との分数は、之を奈何ともすべからず。独り心の智愚に至りては、学びて之を変化すべし。故に博く学び、審かに問ひ、慎みて思ひ、明らかに弁じ、篤く行ふ。人一たび十たびすれば、己は之を百たび千たびす。果たして此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。以て漸く非常の域に進むべし。蓋し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして然ること能はず。豈に亦天に算籌有るか。
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