弁名 / 性情才
先王之敎。詩書禮樂。辟如和風甘雨。長養萬物。萬物之品雖殊乎。其得養以長者皆然。竹得之以成竹。木得之以成木。草得之以成草。穀得之以成穀。及其成也。以供宮室衣服飮食之用不乏。猶人得先王之敎。以成其材。以供六官九官之用已。其所謂習善而善。亦謂得其養以成材。辟諸豐年之穀可食焉。習惡而惡。亦謂失其養以不成。辟諸凶歲之秕不可食焉。則何必求變其氣質以至聖人哉。
新字:先王之教。詩書礼楽。辟如和風甘雨。長養万物。万物之品雖殊乎。其得養以長者皆然。竹得之以成竹。木得之以成木。草得之以成草。穀得之以成穀。及其成也。以供宮室衣服飲食之用不乏。猶人得先王之教。以成其材。以供六官九官之用已。其所謂習善而善。亦謂得其養以成材。辟諸豊年之穀可食焉。習悪而悪。亦謂失其養以不成。辟諸凶歳之秕不可食焉。則何必求変其気質以至聖人哉。
書き下し
先王の教へ、詩書礼楽は、辟へば和風甘雨の万物を長養するが如し。万物の品殊なりと雖も、其の養を得て以て長ずる者は皆然り。竹は之を得て以て竹と成り、木は之を得て以て木と成り、草は之を得て以て草と成り、穀は之を得て以て穀と成る。其の成るに及びてや、以て宮室衣服飲食の用に供して乏しからず。猶ほ人の先王の教へを得て、以て其の材を成し、以て六官九官の用に供するがごときのみ。其の所謂善に習ひて善なるも、亦た其の養を得て以て材を成すを謂ふ。諸を豊年の穀の食ふべきに辟ふ。悪に習ひて悪なるも、亦た其の養を失ひて以て成らざるを謂ふ。諸を凶歳の秕の食ふべからざるに辟ふ。則ち何ぞ必ずしも其の気質を変じて以て聖人に至らんことを求めんや。
現代語訳
先王の教えである詩・書・礼・楽は、たとえれば穏やかな風と恵みの雨が万物を養い育てるようなものである。万物の種類はさまざまでも、養いを得て育つことはみな同じである。竹はそれを得て竹となり、木はそれを得て木となり、草はそれを得て草となり、穀物はそれを得て穀物となる。それぞれが成長すれば、家屋・衣服・飲食の用に供して欠けることがない。ちょうど人が先王の教えを得て、その材を成し、六官・九官(諸官職)の用に供するのと同じである。「善に習えば善となる」というのも、養いを得て材を成すことをいう。豊作の年の穀物が食べられるのにたとえられる。「悪に習えば悪となる」というのも、養いを失って成らないことをいう。凶作の年のしいな(実の入らない籾)が食べられないのにたとえられる。それならどうして、気質を変えて聖人に至ることを求める必要があろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・雍也篇子游、武城の宰と為る。子曰く、「女、人を得たるか。」曰く、「澹台滅明なる者有り。行くに径に由らず。公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。」
-
論語・泰伯篇舜に臣五人有りて、天下治まる。武王曰く、「予に乱臣十人有り。」孔子曰く、「『才難し』とは、其れ然らずや。唐虞の際、斯に於いて盛んなりと為す。婦人有り、九人のみ。天下を三分して其の二を有ち、以て殷に服事す。周の徳は、其れ至徳と謂う可きのみ。」
-
孫子・作戦篇其の戦を用うるや、勝つを貴ぶ。久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫き、城を攻むれば則ち力屈し、久しく師を暴せば則ち国用足らず。
-
尉繚子・武議良馬も策有れば、遠道致すべし。賢士も合有れば、大道明らかにすべし。
-
『韓非子』難二第三十七桓公曰く、「吾聞く、人に君たる者は人を索むるに労し、人を使うに佚すと。吾仲父を得ること已に難し。仲父を得るの後、何為れぞ易からざらんや。」
-
論語・衛霊公篇子曰く、君子は小知す可からずして、大受す可きなり。小人は大受す可からずして、小知す可きなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る