弁名 / 天命帝鬼神
孟子有天吏。亂世之辭也。天下有君。則人以君爲天。唯君奉天命以行之天下無君。則無所稟命。故君子直奉天命。是謂天吏。如湯伐桀武王伐紂皆稱天。卽此義也。故孔子時尙不稱之。六經唯胤征有天吏。乃指義和。以其爲天官故也。不爾。逸德不可解。舊注以爲天子之吏者非矣。
新字:孟子有天吏。乱世之辞也。天下有君。則人以君為天。唯君奉天命以行之天下無君。則無所稟命。故君子直奉天命。是謂天吏。如湯伐桀武王伐紂皆称天。即此義也。故孔子時尚不称之。六経唯胤征有天吏。乃指義和。以其為天官故也。不爾。逸徳不可解。旧注以為天子之吏者非矣。
書き下し
孟子に天吏有り。乱世の辞なり。天下に君有れば、則ち人は君を以て天と為す。唯だ君は天命を奉じて以て之を行ふ。天下に君無ければ、則ち命を稟くる所無し。故に君子直ちに天命を奉ず。是を天吏と謂ふ。湯の桀を伐ち、武王の紂を伐つに、皆天を称するが如き、即ち此の義なり。故に孔子の時は尚ほ之を称せず。六経には唯だ胤征に天吏有り。乃ち羲和を指す。其の天官為るを以ての故なり。爾らずんば、「逸徳」解すべからず。旧注に以て天子の吏と為す者は非なり。
現代語訳
『孟子』に「天吏」という言葉がある。これは乱世の言葉である。天下に君主がいれば、人は君主を天とみなす。ただ君主だけが天命を奉じてそれを行う。天下に君主がいなければ、命を受けるところがない。だから君子が直接天命を奉じる。これを天吏という。湯王が桀を討ち、武王が紂を討ったとき、どちらも天を称したのが、まさにこの意味である。だから孔子の時代にはまだこの言葉を称さなかった。六経では『書経』胤征篇にだけ「天吏」があるが、これは羲和を指している。羲和が天文をつかさどる天官だったからである。そうでなければ、(その後の)「逸徳」という語が解釈できない。旧注が天子の役人としたのは誤りである。
解説
この章句が説くこと
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