弁名 / 天命帝鬼神
自佛氏以諸天餓鬼及地獄天堂之說溷之。而後人始輕視天與鬼神也。鬼神有無之說。所以興焉。宋儒見聖人尊天之至也。乃陰以法身如來擬之。而謂天理也。而其輕視鬼神自若焉。仁齋先生則固執遠之之言。而欲一切棄絕鬼神。皆不知以先王之禮之意求諸易故也。
新字:自仏氏以諸天餓鬼及地獄天堂之説溷之。而後人始軽視天与鬼神也。鬼神有無之説。所以興焉。宋儒見聖人尊天之至也。乃陰以法身如来擬之。而謂天理也。而其軽視鬼神自若焉。仁斎先生則固執遠之之言。而欲一切棄絶鬼神。皆不知以先王之礼之意求諸易故也。
書き下し
仏氏の諸天・餓鬼及び地獄・天堂の説を以て之を溷じてより、而る後に人始めて天と鬼神とを軽視す。鬼神有無の説、焉に興る所以なり。宋儒は聖人の天を尊ぶの至りを見て、乃ち陰かに法身如来を以て之に擬し、而して天は理なりと謂ふ。而して其の鬼神を軽視すること自若たり。仁斎先生は則ち固く「之を遠ざく」の言を執りて、一切鬼神を棄絶せんと欲す。皆先王の礼の意を以て諸を易に求むるを知らざるが故なり。
現代語訳
仏教が諸天・餓鬼や地獄・天堂の説でこれを混乱させてから、人ははじめて天と鬼神を軽んじるようになった。鬼神があるかないかの議論が起こったのはそのためである。宋儒は聖人が天をこの上なく尊んだのを見て、ひそかに法身如来になぞらえて「天は理である」と言ったが、鬼神を軽んじることは相変わらずであった。仁斎先生は「鬼神を遠ざける」という言葉にかたくなにこだわって、鬼神を一切捨て去ろうとした。どちらも、先王の礼の意図によって易に求めることを知らないからである。
解説
鬼神を軽んじる風潮がどこから来たかを、徂徠は仏教の諸天・餓鬼・地獄・天堂の説が混じり込んだことに求める。宋儒は天を尊ぶ聖人にならって天を理としたが、それは法身如来を天に重ねたものにすぎず、鬼神は軽視したままだった。仁斎は論語の「之を遠ざく」の一句にこだわって鬼神を捨てようとした。両者とも、先王の礼と易から鬼神を理解するという筋道を外れているという。一つの言葉だけを取り出してこだわると全体を見失うという指摘は、規程や方針を読むときの戒めにもなる。
この章句が説くこと
鬼神仏教宋儒伊藤仁斎礼易
関連する章句
-
『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
-
『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
-
『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
-
『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
-
『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
-
『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る