弁名 / 天命帝鬼神
鬼神者。天神人鬼也。天神地示人鬼。見周禮。古言也。不言地示者。合天神言之。凡經傳所言皆然。後世所以鬼屬陰神屬陽者。以易有之也。是不知易者也。古人有疑。問諸天與祖考。著龜皆傳鬼神之命。是易所以言鬼神也。後儒乃謂稟命著龜。著龜雖靈。亦白鯊大王耳。聖人而豈若是其陋乎。是義不明。遂以易鬼神爲陰陽之靈。造化之迹。外人鬼而爲言。謬之甚者也。
新字:鬼神者。天神人鬼也。天神地示人鬼。見周礼。古言也。不言地示者。合天神言之。凡経伝所言皆然。後世所以鬼属陰神属陽者。以易有之也。是不知易者也。古人有疑。問諸天与祖考。著亀皆伝鬼神之命。是易所以言鬼神也。後儒乃謂稟命著亀。著亀雖霊。亦白鯊大王耳。聖人而豈若是其陋乎。是義不明。遂以易鬼神為陰陽之霊。造化之迹。外人鬼而為言。謬之甚者也。
書き下し
鬼神とは、天神・人鬼なり。天神・地示・人鬼は周礼に見ゆ。古言なり。地示を言はざる者は、天神に合して之を言ふ。凡そ経伝の言ふ所皆然り。後世の鬼を陰に属し神を陽に属する所以の者は、易に之有るを以てなり。是れ易を知らざる者なり。古人疑ひ有れば、諸を天と祖考とに問ふ。蓍亀は皆鬼神の命を伝ふ。是れ易の鬼神を言ふ所以なり。後儒乃ち蓍亀に命を稟くと謂ふ。蓍亀は霊なりと雖も、亦た白鯊大王のみ。聖人にして豈に是の若く其れ陋ならんや。是の義明らかならず、遂に易の鬼神を以て陰陽の霊、造化の迹と為し、人鬼を外にして言を為す。謬りの甚だしき者なり。
現代語訳
鬼神とは、天の神と人の霊である。天神・地示(地の神)・人鬼は『周礼』に見え、古い言葉である。地示を言わないのは、天神に合わせて言うからで、経書や伝で言うものはみなそうである。後世、鬼を陰に属させ神を陽に属させたのは、易にそういう言い方があるからだが、これは易を知らない者の説である。古人は疑いがあれば、天と祖先に問うた。蓍(めどぎ)と亀甲はどちらも鬼神の命を伝えるものである。だから易は鬼神を言うのである。ところが後世の儒者は、蓍や亀そのものから命を受けると言う。蓍や亀がいかに霊妙でも、しょせんは物にすぎない。聖人がどうしてそんなに浅はかであろうか。この意味が明らかでないために、ついに易の鬼神を陰陽の霊妙な働き、造化の痕跡とし、人の霊を除外して語るようになった。誤りのはなはだしいものである。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味天官に云う、凡そ和は、春は酸を多くし、夏は苦を多くし、秋は辛を多くし、冬は醎を多くし、調うるに滑甘を以てす、と。解に両家有り。一に云う、宜しく時気に従うべし。春の食は須く酸を多くすべく、夏の食は須く苦を多くすべし、と。一に云う、多とは過なり。春の食は酸に過ぐ、宜しく其の醎味を減ずべし。夏の食は苦に過ぐ、宜しく其の酸味を減ずべし、と。是を以て後の句に云う、調うるに滑甘を以てす、と。今前の解に依る。四時の味は、各々時気の当たる所に随う。故に時を逐いて醎苦酸辛、体を養うの宜しきなり。土は既に中に居り、総べて四財を戴く。是を以て四時の味兼ね、須く甘味以て之を調うべし。又云う、膳食の宜しき所を会(あわ)す。牛は稌(と)に宜し、稌は稲なり。羊は黍に宜し、豕は稷に宜し、犬は梁に宜し、鳥は麦に宜し、魚は菰(こ)に宜し。菰は彫胡(ちょうこ)なり。凡そ君子の食は、恒に焉(これ)に放(なら)う、と。凡そ薬は、酸は骨を養い、苦は気を養い、甘は肉を養い、辛は筋を養い、醎は脈を養う、と。此れ並びに相扶の義なり。河図に云う、人の食、醎を極むること無かれ。腎気をして盛んならしめ、心気衰え、人をして狂を発し、喜(しばしば)衂(じく)し、吐血し、心神定まらざらしむ。辛を極むること無かれ。肺気をして盛んならしめ、肝気衰え、人をして懦怯(だきょう)悲愁し、目盲い、髪白からしむ。甘を極むること無かれ。脾気をして盛んならしめ、腎気衰え、人をして癡淫(ちいん)泄精し、腰背痛み、膿血を利せしむ。苦を極むること無かれ。心気をして盛んならしめ、肺気衰え、人をして果敢にして死を軽んじ、欬逆(がいぎゃく)し、胸満たしむ。酸を極むること無かれ。肝気をして盛んならしめ、脾気衰え、人をして穀消化せず、喑聾(いんろう)癥固(ちょうこ)ならしむ、と。此れ五蔵の相制剋するの義なり。黄帝養生経に云う、
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