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弁名 / 天命帝鬼神

孔子五十而知天命知天之命孔子傳先王之道於後也。孔子又曰。下學而上達。知我者其天乎。是孔子自言我能下學而上達。故天命我以傳道之任者。爲知我也。它如儀封人言亦爾。孔子學先王之道。以待天命。五十而爵祿不至。故知天所命。不在行道當世而在傳諸後世已。不爾。孔子知天命。何待五十乎。後儒之解。不能直斥其事。而徒論其心。如仁齋先生不疑而已矣。安而已矣。是也。嗚呼。聖人之心。安可窺乎。且如仁齋之說。徒言不以名利動其心已。嗚呼不以名利動其心豈足以盡聖人乎。亦以己心窺聖人已。陋哉僭哉。僭哉陋哉。

新字:孔子五十而知天命知天之命孔子伝先王之道於後也。孔子又曰。下学而上達。知我者其天乎。是孔子自言我能下学而上達。故天命我以伝道之任者。為知我也。它如儀封人言亦爾。孔子学先王之道。以待天命。五十而爵禄不至。故知天所命。不在行道当世而在伝諸後世已。不爾。孔子知天命。何待五十乎。後儒之解。不能直斥其事。而徒論其心。如仁斎先生不疑而已矣。安而已矣。是也。嗚呼。聖人之心。安可窺乎。且如仁斎之説。徒言不以名利動其心已。嗚呼不以名利動其心豈足以尽聖人乎。亦以己心窺聖人已。陋哉僭哉。僭哉陋哉。

書き下し

孔子の「五十にして天命を知る」とは、天の孔子に命じて先王の道を後に伝へしむるを知るなり。孔子又た曰く、「下学して上達す。我を知る者は其れ天か」と。是れ孔子自ら、我能く下学して上達す、故に天我に命ずるに伝道の任を以てする者を、我を知ると為すと言ふなり。它の儀封人の言の如きも亦た爾り。孔子は先王の道を学びて、以て天命を待つ。五十にして爵禄至らず。故に天の命ずる所、道を当世に行ふに在らずして、諸を後世に伝ふるに在るを知るのみ。爾らずんば、孔子の天命を知る、何ぞ五十を待たんや。後儒の解は、直ちに其の事を斥す能はずして、徒らに其の心を論ず。仁斎先生の「疑はざるのみ、安んずるのみ」の如き、是れなり。嗚呼、聖人の心、安んぞ窺ふべけんや。且つ仁斎の説の如きは、徒らに名利を以て其の心を動かさざるを言ふのみ。嗚呼、名利を以て其の心を動かさざる、豈に以て聖人を尽くすに足らんや。亦た己の心を以て聖人を窺ふのみ。陋なるかな僭なるかな。僭なるかな陋なるかな。

現代語訳

孔子の「五十にして天命を知る」とは、天が孔子に先王の道を後世に伝えるよう命じたことを知ったということである。孔子はまた「私は身近なことから学んで高いところに達する。私を知る者は天であろうか」と言った。これは孔子が自ら、自分は下学して上達することができたので、天が自分に道を伝える任を命じた、そのことを「私を知る」と言ったのである。ほかに儀の国境役人が(孔子を天の木鐸だと)言ったのも同じである。孔子は先王の道を学んで天命を待った。五十になっても爵位や俸禄が来なかった。だから天の命じたところが、道を当世に行うことにではなく、後世に伝えることにあると知ったのである。そうでなければ、孔子が天命を知るのに、どうして五十まで待つ必要があったろうか。後世の儒者の解釈は、その事実を直接指摘できず、ただ心のあり方を論じるだけである。仁斎先生の「疑わないだけだ、安んじるだけだ」がそれである。ああ、聖人の心をどうして覗けようか。しかも仁斎の説は、名誉や利益に心を動かされないことを言っているにすぎない。ああ、名利に心を動かされないことで、どうして聖人を尽くせようか。これも自分の心で聖人を覗いたにすぎない。浅はかで僭越なことだ。僭越で浅はかなことだ。

解説

「五十にして天命を知る」を、徂徠は具体的な出来事として読む。孔子は先王の道を学び、世に用いられるのを待ったが、五十になっても官職は来なかった。そこで天の命が、道を当世に行うことではなく後世に伝えることにあると悟ったのだという。後儒はこれを心の境地として論じ、仁斎も「疑わない」「安んじる」と説いたが、それは聖人の心を自分の心で推し量ることにすぎないと徂徠は激しく批判する。思い通りにいかない現実から、自分に与えられた本当の役割を読み取ることは、キャリアの転機にこそ求められる知恵である。

この章句が説くこと

天命孔子知命伝道伊藤仁斎使命

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