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弁名 / 元亨利貞

然則何謂元也。書曰。元首明哉。謂能知人而任之也。其能知善人而任之。足以爲衆善人之長。故曰元者善之長也。然善人難知。苟非躬安民之德。則不能知之。故曰體仁足以長民也。是皆取義於元。而引而伸之。觸類以長之者也。故以仁爲元者非矣。人君之德。不在知庶務。而在知善人。不在身親之。而在任善人。是知之大者也。故易傳皆訓元爲大。爲是故也。

新字:然則何謂元也。書曰。元首明哉。謂能知人而任之也。其能知善人而任之。足以為衆善人之長。故曰元者善之長也。然善人難知。苟非躬安民之徳。則不能知之。故曰体仁足以長民也。是皆取義於元。而引而伸之。触類以長之者也。故以仁為元者非矣。人君之徳。不在知庶務。而在知善人。不在身親之。而在任善人。是知之大者也。故易伝皆訓元為大。為是故也。

書き下し

然らば則ち何をか元と謂ふや。書に曰く、「元首明らかなるかな」と。能く人を知りて之に任ずるを謂ふなり。其の能く善人を知りて之に任ずれば、以て衆善人の長と為るに足る。故に「元とは善の長なり」と曰ふ。然れども善人は知り難し。苟も躬ら民を安んずるの徳あるに非ずんば、則ち之を知る能はず。故に「仁を体すれば以て民に長たるに足る」と曰ふなり。是れ皆義を元に取りて、引きて之を伸べ、類に触れて以て之を長ずる者なり。故に仁を以て元と為す者は非なり。人君の徳は、庶務を知るに在らずして、善人を知るに在り。身ら之を親らするに在らずして、善人に任ずるに在り。是れ知の大なる者なり。故に易伝は皆元を訓じて大と為す。是が為の故なり。

現代語訳

では何を「元」というのか。『書経』に「元首が明らかであるなあ」とある。これは人を見抜いてその人に任せることができることをいう。善人を見抜いて任せることができれば、多くの善人の長となるに足りる。だから「元とは善の長である」という。しかし善人を見抜くのは難しい。自ら民を安んじる徳を身につけていなければ、見抜くことはできない。だから「仁を身に体していれば、民の長となるに足る」という。これらはみな元から意味を取り、引き伸ばし、類に触れて広げたものである。したがって仁を元とするのは誤りである。君主の徳は、細かな事務を知ることにあるのではなく、善人を知ることにある。自分で手を下すことではなく、善人に任せることにある。これこそ知の大いなるものである。だから易の伝はみな元を「大」と訓じる。そのためである。

解説

元の徳とは何か。徂徠の答えは明快で、人を見抜き、任せることである。君主の徳は庶務に通じることではなく善人を知ることにあり、自ら手を動かすことではなく善人に任せることにあるという。ただし人を見抜くには、自らが民を安んじようとする志を持っていなければならない。「仁を元とする」朱子学の説を退けつつ、仁を人を見る眼の前提として位置づけ直している。管理職が細部まで抱え込むのは徳が小さい証であり、人を知って任せることこそ上に立つ者の最大の知だという指摘は、今も鋭い。

この章句が説くこと

元知人任用人材仁リーダー

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