弁名 / 中庸和衷
降者如禮運降於祖廟。降於山川。降於五祀。內則後降德於衆兆民之降。稱君師之表正其民而歸之天者。如天叙天秩之天。奉天道以行之。古之道爲爾。它如天誘其衷。與天奪之魄相反。其人忽悟爲善。驚以爲殆天意歟。故言天引之正也。折衷於孔子。亦取正於孔子也。謂以孔子之言爲正也。
新字:降者如礼運降於祖廟。降於山川。降於五祀。内則後降徳於衆兆民之降。称君師之表正其民而帰之天者。如天叙天秩之天。奉天道以行之。古之道為爾。它如天誘其衷。与天奪之魄相反。其人忽悟為善。驚以為殆天意歟。故言天引之正也。折衷於孔子。亦取正於孔子也。謂以孔子之言為正也。
書き下し
降すとは、礼運の「祖廟に降す、山川に降す、五祀に降す」、内則の「后、徳を衆兆民に降す」の降の如し。君師の其の民を表正するを称して之を天に帰する者は、天叙・天秩の天の如し。天道を奉じて以て之を行ふ。古の道、爾りと為す。它の「天、其の衷を誘く」の如きは、「天、之が魄を奪ふ」と相反す。其の人忽ち悟りて善を為し、驚きて以て殆ど天意かと為す。故に天、之を正に引くと言ふなり。「孔子に折衷す」も、亦た正を孔子に取るなり。孔子の言を以て正と為すを謂ふなり。
現代語訳
「降す」とは、『礼記』礼運篇の「祖廟に降す、山川に降す、五祀に降す」や、内則篇の「后(君)が徳を多くの民に降す」の「降」と同じである。君と師が民に正しい手本を示すことを、天の働きとして天に帰して言うのは、『書経』の「天叙(天が定めた秩序)」「天秩(天が定めた等級)」の「天」と同じで、天道を奉じて行うということである。古の道とはそういうものであった。ほかに、「天がその衷を誘く」というのは、「天がその魄(たましい)を奪う」と反対の言い方である。その人がふと悟って善を行い、驚いてこれはおそらく天の意志だろうと思う。だから天がその人を正しさへ引いたというのである。「孔子に折衷する」というのも、正しさを孔子に取ること、つまり孔子の言葉を基準にすることをいう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
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『墨子』尚同上天下の百姓、皆な天に上同するも、一にして天に上同せざれば、則ち菑、猶お未だ去らざるなり。今、若し天、飄風苦雨、湊湊として至る者は、此れ天の百姓の天に上同せざるを罰する所以の者なり。
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『墨子』天志中子墨子言いて曰く、「今、天下の君子の仁義を為さんと欲する者は、則ち義の從りて出づる所を察せざる可からず。既に義の從りて出づる所を察せざる可からずと曰わば、然らば則ち義は何從りか出づるや」と。子墨子曰く、「義は愚にして且つ賤しき者從り出でず、必ず貴くして且つ知なる者自り出づ。何を以て義の愚にして且つ賤しき者從り出でずして、必ず貴くして且つ知なる者自り出づるを知るや。曰く、義なる者は、善政なり。何を以て義の善政なるを知るや。曰く、天下に義有れば則ち治まり、義無ければ則ち亂る。是を以て義の善政なるを知るなり。夫れ愚にして且つ賤しき者は、貴くして且つ知なる者に政を為すを得ず、然る後に愚にして且つ賤しき者に政を為すを得。此れ吾が義の愚にして且つ賤しき者從り出でずして、必ず貴くして且つ知なる者自り出づるを知る所以なり。然らば則ち孰れをか貴しと為し、孰れをか知と為す。曰く、天を貴しと為し、天を知と為すのみ。然らば則ち義は果たして天自り出づ」と。
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『後世への最大遺物』第二回・一俵の米は百万の価値があったこうして初めて一俵の米を取った。その人の自伝によりますれば、「米を一俵取ったときの私の喜びは何ともいえなかった。これ天が初めて私に直接に授けたものにして、その一俵は私にとっては百万の価値があった」というてある。それからその方法をだんだん続けまして、二十歳のときに伯父さんの家を辞した。そのときには三、四俵の米を持っておった。それから仕上げた人であります。それでこの人の生涯を初めから終りまで見ますと、「この宇宙というものは実に、天の造ってくださったもので、天というものは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだから、もしわれわれがこの身を天と地とに委ねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども天がわれわれを助けてくれる」という、こういう考えであります。
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『墨子』尚同中夫れ既に天子に尚同するも、未だ天に尚同せざる者は、則ち天菑、將に猶お未だ止まざらんとするなり。故に若し天、寒熱を降すこと節ならず、霜雪雨露、時ならず、五榖熟せず六畜遂げず、疾菑戾疫、飄風苦雨、荐臻して至る者は、此れ天の罰を降すなり。將に以て下人の天に尚同せざるを罰せんとするなり。
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『呻吟語』内篇・修身・天と人と我吉凶禍福は是れ天の主張、毀譽予奪は是れ人の主張、立身行己は是れ我の主張なり。此の三つの者は、相奪はざるなり。
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