弁名 / 義
及其末流。聖人之澤將斬。儒者之道日卑。紛然與百家爭衡於戰國之際。唯咸輔頰舌是務。不復道先王之法言。自取諸其臆。以求勝墨氏尙仁。楊氏及刑名諸家。無仁亦無義。遂以仁義。命諸聖人之道。有以別之。而不知遺乎禮。如表記所謂厚於仁者薄於義。親而不尊。厚於義薄於仁。尊而不親。及孟子以惻隱之心爲仁。羞惡之心爲義是也。是其意以救民爲仁。誅亂賊爲義。如日月之代照也。如刑賞之迭用也。然後道備而不偏焉。其言井然若有條理焉。粲然若可聽焉。而自不知其與先王孔子之道背馳也。夫天地有生殺。人有善惡。故聖人固好善而惡惡。刑賞於是乎生。然聖人之所以好善而惡惡賞之刑之者。仁而已矣。故其立禮義也以此君子之行禮義也亦以此。故仁義竝言者非矣。
新字:及其末流。聖人之沢将斬。儒者之道日卑。紛然与百家争衡於戦国之際。唯咸輔頬舌是務。不復道先王之法言。自取諸其臆。以求勝墨氏尚仁。楊氏及刑名諸家。無仁亦無義。遂以仁義。命諸聖人之道。有以別之。而不知遺乎礼。如表記所謂厚於仁者薄於義。親而不尊。厚於義薄於仁。尊而不親。及孟子以惻隠之心為仁。羞悪之心為義是也。是其意以救民為仁。誅乱賊為義。如日月之代照也。如刑賞之迭用也。然後道備而不偏焉。其言井然若有条理焉。粲然若可聴焉。而自不知其与先王孔子之道背馳也。夫天地有生殺。人有善悪。故聖人固好善而悪悪。刑賞於是乎生。然聖人之所以好善而悪悪賞之刑之者。仁而已矣。故其立礼義也以此君子之行礼義也亦以此。故仁義並言者非矣。
書き下し
其の末流に及びて、聖人の沢将に斬えんとし、儒者の道日に卑く、紛然として百家と衡を戦国の際に争ひ、唯だ輔頰舌を咸ぶることのみ是れ務め、復た先王の法言を道はず、自ら諸を其の臆に取りて、以て勝たんことを求む。墨氏は仁を尚び、楊氏及び刑名の諸家は、仁無く亦た義無し。遂に仁義を以て諸を聖人の道に命じ、以て之を別つ有りて、礼を遺るを知らず。表記の所謂「仁に厚き者は義に薄く、親しみて尊ばず。義に厚く仁に薄きは、尊びて親しまず」、及び孟子の惻隠の心を以て仁と為し、羞悪の心を義と為すが如き、是れなり。是れ其の意、民を救ふを以て仁と為し、乱賊を誅するを義と為す。日月の代はる代はる照らすが如く、刑賞の迭ひに用ひらるるが如く、然る後道備はりて偏らずと。其の言井然として条理有るが若く、粲然として聴くべきが若し。而して自ら其の先王・孔子の道と背馳するを知らざるなり。夫れ天地に生殺有り、人に善悪有り。故に聖人固より善を好みて悪を悪む。刑賞是に於てか生ず。然れども聖人の善を好みて悪を悪み、之を賞し之を刑する所以の者は、仁のみ。故に其の礼義を立つるや此を以てし、君子の礼義を行ふも亦た此を以てす。故に仁義並べ言ふ者は非なり。
現代語訳
その末流になると、聖人の恩沢は絶えかけ、儒者の道は日ごとに低くなり、戦国の世に入り乱れて諸子百家と張り合い、ただ口先の弁舌を振るうことばかりに努め、もはや先王の正しい言葉を語らず、自分の考えから取って勝とうとした。墨子は仁を尊び、楊朱や刑名家の諸派には仁もなく義もなかった。そこで仁義という言葉で聖人の道を呼び、それで他派と区別したが、礼を落としていることに気づかなかった。『礼記』表記の「仁に厚い者は義に薄く、親しんでも尊ばない。義に厚く仁に薄い者は、尊んでも親しまない」や、孟子が惻隠の心を仁、羞悪の心を義としたのがそれである。その意図は、民を救うことを仁とし、乱臣賊子を誅することを義とし、日と月が代わる代わる照らすように、刑と賞を交互に用いるように、そうしてこそ道が備わって偏らない、というものである。その言葉は整然として筋道があるようで、鮮やかで聞きごたえがあるようだが、自分たちが先王・孔子の道と背き合っていることを知らない。そもそも天地には生と殺があり、人には善と悪がある。だから聖人はもとより善を好み悪を憎み、そこから刑と賞が生まれる。しかし聖人が善を好み悪を憎み、賞し罰する根本は、仁だけである。だから礼と義を立てるのもこれによってであり、君子が礼と義を行うのもこれによってである。だから仁と義を並べて言うのは誤りである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』義「君臣義有り」と曰ふが如きは、臣を主として之を言ふ。蓋し君は其の全を統ぶる者なり。先王の道は民を安んずるに在り。是を以て仁人に非ずんば則ち道に任ずること能はず。故に曰く、「人君と為りては仁に止まる」と。臣も亦た先王の道に任ずる者なり。然れども君は其の全を統べて、臣は其の分に任ず。各〻官守有り、各〻事とする所有り、千差万別、義に非ずんば則ち能はず。故に義を以て臣の道と為すなり。「子を教ふるに義方を以てす」の如きも、亦た臣の道を教ふるを謂ふなり。各〻官守有りて、彼は此に通ぜず、是れ之を方と謂ふ。唯だ義のみ爾りと為す。論語に曰く、「君子の仕ふるや、其の義を行ふなり」と。又曰く、「義を行ひて以て其の道を達す」と。仕へて以て其の学ぶ所の先王の義を行ふを謂ふなり。
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『童子問』卷下問ふ、老氏の虚無と、釈氏の寂滅と、亦異なる所有りや。曰く、浅深有るがごとしと雖も、然れども其の帰は則ち一なり。老氏は天地万物を以て皆虚無と為し、釈氏は天地万物を以て総べて寂滅と為す。後漢書に云ふ、其の道虚無を以て宗と為すと。是れのみ。其の他種種奇特神通を説くは、皆方便の説のみ。老氏に至つては反つて之無し。仏は慈悲済度を以て主と為す。禅に至つては、則ち一向に棄て去る。理を説くこと至つて高ければ、必ず此に到らざることを得ず。其の慈悲済度を主とするは、仁に似たり。然れども義を知らざるは、則ち一なり。殊に知らず、義は天下の大路にして、一日も離るべからざることを。老氏も亦然り。
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『五常訓』巻之四・義一尚書に、礼を以て心を制し、義を以て事を制すといへり。礼は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、万事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを断ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬収蔵するは義なり。収蔵とは、草木零落し、生気をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の収蔵なければ、万物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはば、子を愛するは仁なり。子の悪を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、悪におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、真の愛にあらず。
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『童子問』卷中問ふ。仁義を孔孟学問の宗旨と為すは、何ぞや。曰く、孟子の書は、論語の旨を述ぶる者なり。而して仁義の二字は、是れ開巻第一義なり。七篇の書、言言句句、仁義の功を説くに非ざるは莫し。其の性善を言ふは、仁義の実に己に有るを明らかにするなり。浩然の気を言ふは、仁義の功用を論ずるなり。千言万語至つて多端なりと雖も、仁義の二字に総括せざるは莫し。親を親しむより之を充てて、朋友・郷党・識る所の疎薄の人に至り、慈愛の心、周遍浹洽して、底らざる所無く、而して一毫残忍忮害の念無き者、之を仁と謂ふ。一取舎の間より之を充てて、辨別分明、苟も其の義に非ざれば、則ち之に禄するに天下を以てすとも顧みざる者、之を義と謂ふ。他の卓行偉績、取るべき有りと雖も、然れども少しく仁に於て闕くること有れば、則ち皆徳と為すに足らず。義に於て欠くこと有れば、亦之を称するに足らず。智とは、斯の二者を知りて去らざる、是れなり。礼とは、斯の二者を節文する、是れなり。皆仁義の推なり。仁義の孔孟学問の宗旨たる所以は、此を以てなり。
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『慎思録』巻之一仲虺の誥に曰く、克く寛に克く仁に、信を兆民に彰かにすと。六経の仁信を言ふは、此に始まる。又曰く、義を以て事を制し、礼を以て心を制すと。六経の義礼を言ふは、此に始まる。又曰く、天乃ち王に勇智を錫ふと。六経の智勇を言ふは、此に始まる。湯誥に曰く、惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す。恒の性有るに若ひ、克く厥の猷を綏んずるは、惟れ后なりと。六経の性を言ふは、此に始まる。太甲に曰く、鬼神は常に享くること無し、克く誠なるに享くと。六経の誠を言ふは、此に始まる。
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「君仁なれば仁ならざる莫く、君義なれば義ならざる莫し。」
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