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弁名 / 義

古以詩書爲義之府。書者帝王大訓。萬世奉以爲道。而其片辭隻言。足援以斷事。故謂之義之府者。不亦然乎。至於詩之爲義之府。則人多難其解矣。夫古之詩。猶今之詩也。其言主人情。豈有義理之可言哉。後儒以爲勸善懲惡之設者。皆不得其解者之言已。葢先王之道。緣人情以設之。苟不知人情。安能通行天下莫有所窒碍乎。學者能知人情。而後書之義神明變化。故以詩爲義之府者。必併書言之已。是先王之敎所以爲妙也。豈淺智之所能知乎。

新字:古以詩書為義之府。書者帝王大訓。万世奉以為道。而其片辞隻言。足援以断事。故謂之義之府者。不亦然乎。至於詩之為義之府。則人多難其解矣。夫古之詩。猶今之詩也。其言主人情。豈有義理之可言哉。後儒以為勧善懲悪之設者。皆不得其解者之言已。葢先王之道。縁人情以設之。苟不知人情。安能通行天下莫有所窒碍乎。学者能知人情。而後書之義神明変化。故以詩為義之府者。必併書言之已。是先王之教所以為妙也。豈浅智之所能知乎。

書き下し

古は詩書を以て義の府と為す。書は帝王の大訓にして、万世奉じて以て道と為す。而して其の片辞隻言、援きて以て事を断ずるに足る。故に之を義の府と謂ふ者、亦た然らずや。詩の義の府為るに至りては、則ち人多く其の解に難む。夫れ古の詩は、猶ほ今の詩のごときなり。其の言は人情を主とす。豈に義理の言ふべき有らんや。後儒以て勧善懲悪の設と為す者は、皆其の解を得ざる者の言なり。蓋し先王の道は、人情に縁りて以て之を設く。苟も人情を知らずんば、安んぞ能く天下に通行して窒碍する所有ること莫からんや。学者能く人情を知りて、而る後に書の義神明変化す。故に詩を以て義の府と為す者は、必ず書を併せて之を言ふのみ。是れ先王の教の妙為る所以なり。豈に浅智の能く知る所ならんや。

現代語訳

古くは『詩経』と『書経』を「義の倉庫」とした。『書経』は帝王の大いなる教えで、万世にわたって奉じられて道とされ、その片言隻句も引いて事を判断するのに足りる。だから義の倉庫と言うのはもっともである。『詩経』が義の倉庫であることについては、多くの人がその解釈に苦しむ。古の詩も今の詩と同じで、その言葉は人の情を主とする。義理など言えるものがあろうか。後世の儒者が勧善懲悪のために作られたとするのは、みな正しい理解を得ていない者の言葉である。思うに先王の道は人情に基づいて設けられた。人情を知らなければ、どうして天下に行き渡らせて、つかえるところなく通用させられようか。学ぶ者が人情を知ってはじめて、『書経』の義が霊妙に変化して生きてくる。だから『詩経』を義の倉庫とするときは、必ず『書経』と合わせて言うのである。これが先王の教えの妙なるところである。浅い知恵でわかるものではない。

解説

朱子学は『詩経』を勧善懲悪の教材とみたが、徂徠は詩は今の詩と同じく人情を詠んだものだと言う。それがなぜ「義の府」なのか。先王の道は人情に沿って作られたから、人情を知らなければ『書経』の規範も現実に通用しない。規範の書と人情の書を併せ学んでこそ判断が生きるという見方である。ルールや判例だけを知る管理職より、人の気持ちの動きを知る管理職のほうが、規範を現場で生かせる。文学を読む意味を、徂徠は政治の実用から語っている。

この章句が説くこと

義詩経書経人情先王教育

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