呂氏春秋 / 義賞①
春氣至則草木產,秋氣至則草木落,產與落或使之,非自然也。故使之者至,物無不為;使之者不至,物無可為。古之人審其所以使,故物莫不為用。賞罰之柄,此上之所以使也。其所以加者義,則忠信親愛之道彰。久彰而愈長,民之安之若性,此之謂教成。教成則雖有厚賞嚴威弗能禁。故善教者,不以賞罰而教成,教成而賞罰弗能禁。用賞罰不當亦然。姦偽賊亂貪戾之道興,久興而不息,民之讎之若性,戎、夷、胡、貉、巴、越之民是以,雖有厚賞嚴罰弗能禁。郢人之以兩版垣也,吳起變之而見惡,賞罰易而民安樂;氐羌之民,其虜也,不憂其係纍,而憂其死不焚也;皆成乎邪也。故賞罰之所加,不可不慎。且成而賊民。
新字:春気至則草木産,秋気至則草木落,産与落或使之,非自然也。故使之者至,物無不為;使之者不至,物無可為。古之人審其所以使,故物莫不為用。賞罰之柄,此上之所以使也。其所以加者義,則忠信親愛之道彰。久彰而愈長,民之安之若性,此之謂教成。教成則雖有厚賞厳威弗能禁。故善教者,不以賞罰而教成,教成而賞罰弗能禁。用賞罰不当亦然。姦偽賊乱貪戻之道興,久興而不息,民之讎之若性,戎、夷、胡、貉、巴、越之民是以,雖有厚賞厳罰弗能禁。郢人之以両版垣也,呉起変之而見悪,賞罰易而民安楽;氐羌之民,其虜也,不憂其係纍,而憂其死不焚也;皆成乎邪也。故賞罰之所加,不可不慎。且成而賊民。
書き下し
春氣至れば則ち草木産し、秋氣至れば則ち草木落つ。産と落とは之を使しむるもの或り。自ら然るに非ざるなり。故に之を使しむる者至れば、物為さざる無く、之を使しむる者至らざれば、物為す可き無し。古の人、其の使しむる所以を審らかにす、故に物、用を為さざる莫し。賞罰の柄、此れ上の使しむる所以なり。其の以て加うる所の者義なれば、則ち忠信親愛の道彰わる。久しく彰われて愈々長ずれば、民の之に安んずること性の若し。此を之れ教成ると謂う。教成れば則ち厚賞嚴威有りと雖も禁ずること能わず。故に善く教うる者は、義以て賞罰して教成り、教成りて賞罰禁ずること能わず。賞罰を用いて當らざるも亦た然り。姦偽賊亂貪戻の道興り、久しく興りて息まざれば、民の之を讎うること性の若し。戎夷胡貉巴越の民は、是を以て厚賞嚴罰有りと雖も、禁ずること能わず。郢人の兩版を以て垣するや、吳起之を變じて惡まる。賞罰易れば民安くんぞ樂しまん。氐羌の民、其れ虜となるや、其の係纍を憂えずして、其の死するに焚かれざるを憂うるは、皆、邪に成り、且つ成りて民を賊う。故に賞罰の加うる所は、慎まざる可からず。
現代語訳
春の気が至れば草木は生じ、秋の気が至れば草木は落ちる。生と落は何かがそうさせるのであって、自然にそうなるのではない。だから使わせるものが至れば物は何でもし、至らなければ物は何もできない。昔の人はその使わせる仕組みを明らかにしたので、物はみな役立った。賞罰の権柄、これが上に立つ者が民を動かす手立てである。それを加える基準が義にかなえば、忠信親愛の道が明らかになる。長く明らかになって育てば、民がそれに安んじることは生まれつきのようになる。これを教化の成就という。教化が成れば、手厚い賞や厳しい威をもってしても禁じられない。だからよく教える者は義によって賞罰し教化が成り、成れば賞罰でも止められない。賞罰の使い方が的外れでも同じだ。姦悪・欺瞞・害・乱・貪欲の道が起こり、長く続いて止まなければ、民がそれに慣れ親しむことも生まれつきのようになる。戎・夷・胡・貉・巴・越の民がそうで、手厚い賞や厳しい罰でも禁じられない。郢の人が二枚の版築で垣を築いていたのを呉起が変えさせると憎まれた。賞罰が変われば民はどうして楽しめよう。氐・羌の民は捕虜になると、縛られることより死後に火葬されないことを憂えるが、これはみな習俗が悪い方に固まったもので、しかも固まって民を損なう。だから賞罰を加えるところは、慎まなければならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
-
『韓非子』難二第三十七斉の桓公酒を飲みて酔ひ、其の冠を遺る、之を恥ぢて、三日朝せず。管仲曰く、「此れ有国の恥なり、公胡ぞ其れ之を雪ぐに政を以てせざる」と。公曰く、「胡ぞ其れ善きや」と。因りて倉囷を発して貧窮に賜ひ、囹圄を論じて薄罪を出だす。処ること三日にして民之を歌ひて曰く、「公胡ぞ復た冠を遺れざる」と。或ひと曰く、管仲は桓公の恥を小人に雪ぎて、桓公の恥を君子に生ず。桓公をして倉囷を発して貧窮に賜ひ、囹圄を論じて薄罪を出ださしむるは、義に非ざるなり、以て恥を雪ぐ可からず。
-
呂氏春秋・用民①凡そ民を用うるに、太上は義を以てし、其の次は賞罰を以てす。其の義は則ち死するに足らず、賞罰は則ち去就に足らず、是くの若くにして、能く其の民を用うる者は、古今有ること無し。民は常に用うべきこと無く、常に用いざること無きなり。唯だ其の道を得れば可なりと為す。
-
『弁名』義古は未だ義を以て徳の名と為す者有らず。唯だ周礼の六徳に之有り。蓋し大司馬の材を以て之を言ふなり。大司馬は賞罰・黜陟・軍旅・田猟の事を掌る。而して賞罰黜陟は、義に当たるを以て貴しと為す。軍旅田猟は、皆当を急遽の際に取る。故に先王の義に熟し、変に応じて謬らざる者に非ずんば能はざるのみ。然れども是れ士君子の本業にして、凡そ仕ふる者皆然り。故に它書以て徳と為す者有ること莫きなり。義士と曰ひ、義人と曰ふが如きは、皆其の為す所の義に合ふを以て、遂に其の人を賛して言ふなり。皆一事を以て之を言ふ。其の実は以て徳の名と為すに非ざるなり。
-
呂氏春秋・知分⑤白圭、鄒の公子夏后啓に問いて曰く、「踐繩の節、四上の志、三晉の事、此れ天下のなり。晉に處るを以て、迭々晉の事を聞けども、未だ嘗て踐繩の節、四上之の志を聞かず。願わくは得て之を聞かん。」夏后啓曰く、「鄙人なり。焉ぞ以て問うに足らん。」白圭曰く、「願わくは公子の讓る毋からんことを。」夏后啓曰く、「以て為す可しと為す。故に之を為す。之を為すは、天下も禁ずること能わず。以て為す可からずと為す。故に之を釋つ。之を釋つるは、天下も使しむること能わず。」白圭曰く、「利も使しむること能わざるか。威も禁ずること能わざるか。」夏后啓曰く、「生も以て之を使しむるに足らざれば、則ち利曷ぞ以て之を使しむるに足らん。死も以て之を禁ずるに足らざれば、則ち害曷ぞ以て之を禁ずるに足らん。」白圭以て應うる無し。夏后啓辭して出づ。凡そ賢不肖を使うは異なり。不肖を使うには賞罰を以てし、賢を使うには義を以てす。故に賢主の其の下を使うや必ず義にし、賞罰を審らかにし、然る後賢不肖盡く用を為す。
-
文子・微明老子曰く、福の起こるや綿綿たり、禍の生ずるや紛紛たり。禍福の数は微にして見るべからず、聖人は其の始終を見る。故に察せざるべからず。明主の賞罰は、以て己が為にするに非ず、以て国の為にするなり。己に適えども国に功無き者には、賞を施さず。己に逆えども国に便なる者には、罰を加えず。故に義の宜しきに載るを之れ君子と謂い、義の宜しきを遺つるを之れ小人と謂う。通智は得て労せず、其の次は労して病まず、其の下は病みて労せず。古の人は味わいて舎かず、今の人は舎きて味わわず。紂は象櫡を為りて箕子唏き、魯は偶人を以て葬りて孔子嘆く。其の始まる所を見れば即ち其の終わる所を知るなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る