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弁名 / 義

孟子曰。羞惡之心。義之端也。又曰。人皆有所不爲。達之於其所爲。而義不可勝用也。是裁割斷制之說所本也。夫人皆有羞惡之心。是故匹夫匹婦自經於溝瀆以死。是豈義哉。且人之所不爲者。豈皆合於義乎。孟子而以此爲義。亦妄已。故知孟子之意必不爾也。古之君子。行一事。出一謀。不取諸其臆。而必稽諸古。援先王之禮與義以斷之。是以古人有所論說。必引詩書者。以斯道也。

新字:孟子曰。羞悪之心。義之端也。又曰。人皆有所不為。達之於其所為。而義不可勝用也。是裁割断制之説所本也。夫人皆有羞悪之心。是故匹夫匹婦自経於溝瀆以死。是豈義哉。且人之所不為者。豈皆合於義乎。孟子而以此為義。亦妄已。故知孟子之意必不爾也。古之君子。行一事。出一謀。不取諸其臆。而必稽諸古。援先王之礼与義以断之。是以古人有所論説。必引詩書者。以斯道也。

書き下し

孟子曰く、「羞悪の心は義の端なり」と。又曰く、「人皆為さざる所有り、之を其の為す所に達すれば、義勝げて用ふべからず」と。是れ裁割断制の説の本づく所なり。夫れ人皆羞悪の心有り。是の故に匹夫匹婦自ら溝瀆に経れて以て死す。是れ豈に義ならんや。且つ人の為さざる所の者、豈に皆義に合はんや。孟子にして此を以て義と為さば、亦た妄なるのみ。故に孟子の意必ず爾らざるを知るなり。古の君子は、一事を行ひ、一謀を出だすに、諸を其の臆に取らずして、必ず諸を古に稽へ、先王の礼と義とを援きて以て之を断ず。是を以て古人論説する所有れば、必ず詩書を引く者は、斯の道を以てなり。

現代語訳

孟子は「恥じ憎む心は義の端緒である」と言い、また「人にはみなしないことがある。それを自分のすることにまで押し広げれば、義は用いきれないほどになる」と言った。これが(義を)切り分けて裁くことだとする説のもとである。そもそも人には誰でも恥じ憎む心がある。だから身分の低い男女でも(恥のために)溝の中で首をくくって死ぬことがある。これがどうして義であろうか。また人がしないことが、みな義にかなっているだろうか。孟子が本当にこれを義としたのなら、でたらめである。だから孟子の意図は決してそうではなかったとわかる。古の君子は、一つの事を行い一つの計画を出すにも、自分の考えから取らず、必ず古に照らし、先王の礼と義を引いて判断した。古人が何かを論じるとき必ず『詩経』『書経』を引いたのは、このやり方による。

解説

孟子の「羞悪の心は義の端なり」は、心の中に義の芽があるという朱子学の根拠である。徂徠は、恥の感情だけなら名もない男女が恥じて自死することまで義になってしまうと反論し、感情は義の基準になりえないと言う。古の君子は判断のたびに自分の感情や考えに頼らず、先王の礼と義、つまり詩書に記された前例に照らした。だから議論には必ず詩書を引いたのである。重要な判断で前例や原典を確かめる習慣は、感情に流されないための知恵である。

この章句が説くこと

義孟子先王判断前例詩書

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