言志四録 / 言志耋録 第九十七条 義は宜なり
義。宜也。以道義爲本。有接物之義。有臨時之義。有守常之義。有應變之義。統之者道義也。
新字:義。宜也。以道義為本。有接物之義。有臨時之義。有守常之義。有応変之義。統之者道義也。
書き下し
義は宜なり。道義を以て本と為す。接物の義有り、臨時の義有り、守常の義有り、応変の義有り。之を統ぶる者は道義なり。
現代語訳
義とは「宜」、すなわちその場にふさわしいことである。義は道義を根本とする。人や物事に接するときの義があり、その時その場に臨んでの義があり、常の道を守る義があり、変化に応じる義がある。これらを統べるものが道義である。
解説
「義は宜なり」は『中庸』に見える古い定義で、義とはその場その場にふさわしい、宜しきにかなうことだという意味です。一斎は義を四つの場面に分けます。人や物に接するときの義、その時々に臨んだときの義、常の道を守る義、変化に応じる義。場面によって、何がふさわしいかは変わります。しかしそれがばらばらの場当たりにならないよう、全体を統べる根本として「道義」を置くのです。前条の「便宜も義の中に在り」を受けて、義の中身を整理した条と読めます。平時の原則と非常時の判断をどう両立させるかは、組織を預かる人の悩みどころでしょう。その考え方の枠組みを示してくれる一条です。
この章句が説くこと
義道義応変守常判断
関連する章句
-
言志四録・言志耋録 第九十六条 便宜も義の中に在り凡そ事を為すには、当に先づ其の義の如何を謀るべし。便宜を謀ること勿れ。便宜も亦義の中に在り。
-
『驢鞍橋』卷下夜話に曰く、義なくして修行成るへからず。勇猛精進も義より起る也。生死の細を切るも義也、抑より終り迄、入る物は義也。専ら義を强く守るべき也。
-
『慎思録』巻之一物に在るを理と為し、物に処するを義と為す。之を飢人に譬ふれば、食を欲するの理は彼に在り、食を与ふるの宜しきは我に在り。父の如きは、宜しく愛敬すべきの理は彼に在り、当に愛敬すべきの義は我に在り。是れ理義の弁なり。然る所以の者は理なり、当に然るべき所の者は義なり。亦是れ此の意なり。
-
『呻吟語』内篇・應務・畢竟只だ一可有るのみ天下に兩可の事有り。義精しき者に非ざれば擇ぶ能はず。若し精處に到らば、畢竟只だ一可有るのみ。
-
呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。
-
司馬法・仁本義を争いて利を争わず、是を以てその義を明らかにするなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る