弁名 / 義
又如以裁割決斷爲義。亦執先王之義而以此裁割決斷已。苟不知先王之義則猶空手裁物。安能之乎。又人多以義理竝言。如程子曰。在物爲理。處物爲義。是也。是亦不知義者之言也。假如日行可百里。而不可二百里。是理也。必求其二百里。是非理也。一日而百里。二日而二百里。是謂之合理而已矣。未得謂之合義焉。猶之行百里。諸侯朝天子。見日而行。逮日而舍奠。大夫使。見日而行。逮日而舍。見星而行者。唯罪人與奔父母之喪者。是所謂禮也。去父母之邦。遲遲吾行。豈窮日之力哉。是所謂義也。故理雖不學可知。而若禮與義。非君子則不能知之。故人之不爲非理之事。未足以爲君子。唯不爲非禮與非義。然後可以爲君子也。故以義理竝言者。不知義者之言也。
新字:又如以裁割決断為義。亦執先王之義而以此裁割決断已。苟不知先王之義則猶空手裁物。安能之乎。又人多以義理並言。如程子曰。在物為理。処物為義。是也。是亦不知義者之言也。仮如日行可百里。而不可二百里。是理也。必求其二百里。是非理也。一日而百里。二日而二百里。是謂之合理而已矣。未得謂之合義焉。猶之行百里。諸侯朝天子。見日而行。逮日而舎奠。大夫使。見日而行。逮日而舎。見星而行者。唯罪人与奔父母之喪者。是所謂礼也。去父母之邦。遅遅吾行。豈窮日之力哉。是所謂義也。故理雖不学可知。而若礼与義。非君子則不能知之。故人之不為非理之事。未足以為君子。唯不為非礼与非義。然後可以為君子也。故以義理並言者。不知義者之言也。
書き下し
又裁割決断を以て義と為すが如きも、亦た先王の義を執りて此を以て裁割決断するのみ。苟も先王の義を知らざれば、則ち猶ほ空手にて物を裁つがごとし。安んぞ之を能くせんや。又人多く義理を以て並べ言ふ。程子の「物に在るを理と為し、物を処するを義と為す」と曰ふが如き、是れなり。是れも亦た義を知らざる者の言なり。仮如へば日に行くこと百里なるべくして、二百里なるべからず。是れ理なり。必ず其の二百里を求む、是れ非理なり。一日にして百里、二日にして二百里、是れ之を理に合ふと謂ふのみ。未だ之を義に合ふと謂ふを得ず。猶ほ之れ百里を行くがごとし。諸侯の天子に朝する、日を見て行き、日に逮びて舎奠す。大夫の使する、日を見て行き、日に逮びて舎す。星を見て行く者は、唯だ罪人と父母の喪に奔る者とのみ。是れ所謂礼なり。父母の邦を去るに、「遅遅として吾行く」。豈に日の力を窮めんや。是れ所謂義なり。故に理は学ばずと雖も知るべし。而して礼と義との若きは、君子に非ざれば則ち之を知ること能はず。故に人の非理の事を為さざるは、未だ以て君子と為すに足らず。唯だ非礼と非義とを為さず、然る後以て君子と為すべし。故に義理を以て並べ言ふ者は、義を知らざる者の言なり。
現代語訳
また、物事を切り分けて決断することを義とする説も、先王の義を手にしてそれで裁くからこそ成り立つ。先王の義を知らなければ、素手で物を切ろうとするようなもので、どうしてできようか。また人の多くは「義理」と並べて言う。程子が「物にあるのを理といい、物を処するのを義という」と言うのがそれである。これも義を知らない者の言葉である。たとえば、一日に百里は行けても二百里は行けない。これが理である。どうしても二百里を求めるのは理に反する。一日で百里、二日で二百里、これは理にかなうと言うだけで、義にかなうとはまだ言えない。同じ百里を行くのでも、諸侯が天子に参朝するときは、日が出てから行き、日が暮れれば宿って祭りをする。大夫が使いに行くときも、日が出てから行き、日が暮れれば宿る。星を見て(夜に)行くのは、罪人と父母の喪に駆けつける者だけである。これがいわゆる礼である。(孔子が)父母の国を去るときは「ゆっくりと私は行く」と言った。どうして一日の力を出し尽くそうか。これがいわゆる義である。だから理は学ばなくても知ることができるが、礼と義は君子でなければ知ることができない。だから人が理に反することをしないだけでは、まだ君子とは言えない。礼に反すること、義に反することをしないで、はじめて君子と言える。だから「義理」と並べて言う者は、義を知らない者である。
解説
この章句が説くこと
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『弁名』理氣人欲故に理苟も之を究めざれば、則ち能く得て一にする莫し。然れども天下の理、豈に究め尽くすべけんや。惟だ聖人のみ能く我の性を尽くし、能く人の性を尽くし、能く物の性を尽くして、天地と其の徳を合す。故に惟だ聖人のみ能く理を究めて之が極を立つる有り。礼と義と是れなり。故に説卦の所謂理を究むとは、聖人の事にして、凡人の能はざる所なり。故に先王孔子の道は、義を言ひて理を言はず。是れ豈に理を廃せんや。苟も能く先王の義を執りて以て其の理を推せば、則ち見る所定準有りて理得るが故なり。理は人皆見る所、故に之を言ふを待たざるなり。老荘の徒盛んに理を言ふは、先王の道を廃するが故なり。自然を貴ぶが故なり。
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『弁名』理氣人欲夫れ理は事物皆之れ有り。故に理は繊細なる者なり。宋儒の意、其の細を合すれば以て其の大を成すべしと謂ふ。豈に其れ然らんや。銖銖にして之を求むれば、鈞に至りて差ふ。寸寸にして之を求むれば、丈に至りて差ふ。何となれば、凡人の見る所は小にして、聖人の見る所は大なり。見る所大なれば、則ち小なる者遺れず。聖人の及ぶべからざる所以なり。人苟も聖人の教に循ひて其の大なる者を得れば、則ち小なる者自ら失はず。其れ或いは之を失ふと雖も、亦た大害無し。何となれば、其の大なる者を失はざるが故なり。大なる者は何ぞ。礼と義と是れなり。聖人の極を立つる所なり。宋儒の理を尚ぶ、其の究は聖人を師とせずして自ら用ふるに帰す。是れ其の失する所以なり。
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『弁名』理氣人欲故に不学の人と雖も、苟も能く思へば、則ち非理の事を為さず。夫の非礼の礼、非義の義の若きは、則ち君子に非ずんば之を弁ずる能はざる者なり。学ばざるが故なり。世の宋儒為る者、猶ほ且つ以て然りと為さず、必ず将に曰はんとす、「礼義は誠に聖人の立つる所なり。然れども苟も聖人の礼義を立つる所以の理を知らずして、徒らに其の所謂礼義なる者を守らば、則ち非礼の礼、非義の義の由りて生ずる所なり」と。是れ宋儒の務めて理を究むるの意しか云ふ。殊に知らず、是れ其の聖人に勝ちて之に上らんと欲する者、亦た自ら揣らざるの甚だしき者なるを。何ぞや。是れ聖人の教に循はずして、先づ聖人の心を獲んと欲する者なり。天下豈に之れ有らんや。
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『慎思録』巻之一物に在るを理と為し、物に処するを義と為す。之を飢人に譬ふれば、食を欲するの理は彼に在り、食を与ふるの宜しきは我に在り。父の如きは、宜しく愛敬すべきの理は彼に在り、当に愛敬すべきの義は我に在り。是れ理義の弁なり。然る所以の者は理なり、当に然るべき所の者は義なり。亦是れ此の意なり。
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『弁名』理氣人欲夫れ道は聖人の立つる所、豈に道を見るを以て言ふを容れんや。又た豈に老氏と対言するを容れんや。夫れ道は民を安んずる所以なり。又た豈に生生化化を以て言ふを容れんや。理の玉に従ひ里に従ふは、亦た倉頡字を制する時、且く此を以て記憶に便するのみ。豈に泥むを容れんや。且つ道も亦た諸を道路に本づく。豈に死活有らんや。祇だ道は之を行ふを主とし、理は之を見るを主とす。老荘及び宋儒は皆其の見る所を主とす。故に喜んで理を言ふのみ。若し死活を以て説を為さば、則ち老荘も亦た道徳を言ふ、其れ之を何と謂はん。之を要するに理豈に廃するを容れんや。苟も聖人の教に遵ひ、礼義を以て之が極と為せば、則ち理豈に以て病と為すに足らんや。仁斎先生は羹に懲りて韲を吹くと謂ふべきのみ。学者諸を思へ。
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『弁名』理氣人欲孟子も亦た弁を好みて、先王孔子の言はざる所の者を言ひて以て人を喩さんと欲す。故に曰く、「理義の我が心を悦ばすは、猶ほ芻豢の我が口を悦ばすがごとし」と。但だ其の義を以て連言する者は、孔子の沢未だ斬えざるのみ。宋の諸老先生に至りて、千載の後に生まれ、其の志を操ること鋭く、直ちに聖人為らんことを求むるも、其の道を得ざるなり。古言に昧くして其の説を得ざるなり。独り孟子の読み易きが若きを喜びて、諸を己が心に求むれば、則ち諸を其の理に求めざるを得ず。是れ其の理を以て第一義と為す者は、勢の必ず至る所なり。
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