弁名 / 禮
然則如曰先王制禮。而弗敢過。也。先王制禮。不敢不至焉。亦何守其粗迹。若是其嚴也。故其究。亦不得不外三代之禮而別立一定不易之禮矣。故程子曰。成王之賜。伯禽之受。皆非也。夫周禮者。周公所立。成王伯禽親受之周公而既爲非禮。則程子所謂禮豈非外周禮而別有之乎。嗚呼外先王之禮而別立己所謂禮。其僭妄亂道之極。可以見已。
新字:然則如曰先王制礼。而弗敢過。也。先王制礼。不敢不至焉。亦何守其粗迹。若是其厳也。故其究。亦不得不外三代之礼而別立一定不易之礼矣。故程子曰。成王之賜。伯禽之受。皆非也。夫周礼者。周公所立。成王伯禽親受之周公而既為非礼。則程子所謂礼豈非外周礼而別有之乎。嗚呼外先王之礼而別立己所謂礼。其僭妄乱道之極。可以見已。
書き下し
然らば則ち「先王礼を制して、敢へて過ぎず」と曰ひ、「先王礼を制して、敢へて至らずんばあらず」と曰ふが如き、亦た何ぞ其の粗迹を守ること、是の若く其れ厳なるや。故に其の究め、亦た三代の礼を外にして別に一定不易の礼を立てざるを得ず。故に程子曰く、「成王の賜ひ、伯禽の受くる、皆非なり」と。夫れ周礼は周公の立つる所、成王・伯禽親しく之を周公に受く。而して既に非礼と為せば、則ち程子の所謂礼は、豈に周礼を外にして別に之有るに非ずや。嗚呼、先王の礼を外にして別に己の所謂礼を立つ。其の僭妄にして道を乱るの極み、以て見るべきのみ。
現代語訳
そうだとすると、「先王は礼を定めるにあたって、あえて度を越さなかった」「先王は礼を定めるにあたって、あえて行き届かせないことはなかった」という言葉があるが、粗い外形をどうしてこれほど厳格に守ったのか、説明がつかない。だから行き着くところ、三代の礼の外に、別に一定不変の礼を立てざるを得なくなる。それで程子は「成王が(周公の子の伯禽に天子の礼楽を)賜ったのも、伯禽がそれを受けたのも、どちらも誤りだ」と言った。そもそも周の礼は周公が立てたもので、成王も伯禽もそれを周公から直接受けた。それを非礼とするなら、程子の言う礼は、周の礼の外に別にあることになるではないか。ああ、先王の礼の外に、自分の考える礼を立てる。そのおごりと道の乱しようの極みが、ここに見て取れる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』理氣人欲夫れ道は聖人の立つる所、豈に道を見るを以て言ふを容れんや。又た豈に老氏と対言するを容れんや。夫れ道は民を安んずる所以なり。又た豈に生生化化を以て言ふを容れんや。理の玉に従ひ里に従ふは、亦た倉頡字を制する時、且く此を以て記憶に便するのみ。豈に泥むを容れんや。且つ道も亦た諸を道路に本づく。豈に死活有らんや。祇だ道は之を行ふを主とし、理は之を見るを主とす。老荘及び宋儒は皆其の見る所を主とす。故に喜んで理を言ふのみ。若し死活を以て説を為さば、則ち老荘も亦た道徳を言ふ、其れ之を何と謂はん。之を要するに理豈に廃するを容れんや。苟も聖人の教に遵ひ、礼義を以て之が極と為せば、則ち理豈に以て病と為すに足らんや。仁斎先生は羹に懲りて韲を吹くと謂ふべきのみ。学者諸を思へ。
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『翁問答』下卷之末体充曰、淳于髡曰く、男女授受するに親らせざるは礼か、孟子曰く、礼なり、曰く、嫂溺るれば則ち之を援くるに手を以てせんか、曰く、嫂溺るるを援けざるは是れ豺狼なり、男女授受するに親らせざるは礼なり、嫂溺るるときに之を援くるに手を以てするは権なり、曰く、今天下溺る、夫子の援けざるは何ぞや、曰く、天下溺るれば之を援くるに道を以てし、嫂溺るれば之を援くるに手を以てす、子は手もて天下を援けんと欲するか、孟子の此章を考見れば、経と権と差別あるべきと存候はいかゞ。師の曰、漢儒の経に反して道に合ふを権と為すの説は、此の章を見誤たる者なり此章の礼は礼法を指ていへり、礼法は天下万民日用通行のために平生急務の事ばかりを定たまふものなれば、非常の変事には礼法なし、道は大虚に充満して身をはなれざるものなれば、もとより平常日用の道も礼法なり、また非常の変に処する義も道なり権は此道の総名なる故に、礼法も本権なれ共事の模様定りて迹あるによつて権と名けがたき故に法と名づけたり、
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