弁名 / 聖
聖人賢人之名。古亦未有所階級之也。唯聖人以命作者。而賢人者以材德言之。拔乎其萃之名也。夫聖人亦拔乎其萃者也。故差而降之。賢者亦有數焉。宰我曰。以予觀於夫子。賢於堯舜遠矣。易大傳曰。可久則賢人之德。可大則賢人之業。叚使後人措辭。必曰聖人。故知賢人泛稱已。至於楊子雲始曰。聖人之言如天。賢人之言如地。自是之後。聖賢遂爲階級之名也。至謂孔子大聖。顏子亞聖。孟子亞聖之次。則亦竊倣浮屠如來菩薩補處之稱。可謂近戲已。
新字:聖人賢人之名。古亦未有所階級之也。唯聖人以命作者。而賢人者以材徳言之。抜乎其萃之名也。夫聖人亦抜乎其萃者也。故差而降之。賢者亦有数焉。宰我曰。以予観於夫子。賢於堯舜遠矣。易大伝曰。可久則賢人之徳。可大則賢人之業。叚使後人措辞。必曰聖人。故知賢人泛称已。至於楊子雲始曰。聖人之言如天。賢人之言如地。自是之後。聖賢遂為階級之名也。至謂孔子大聖。顔子亜聖。孟子亜聖之次。則亦窃倣浮屠如来菩薩補処之称。可謂近戯已。
書き下し
聖人・賢人の名、古は亦た未だ之を階級する所有らず。唯だ聖人は以て作者に命じ、而して賢人は材徳を以て之を言ふ、其の萃より抜くの名なり。夫れ聖人も亦た其の萃より抜く者なり。故に差して之を降せば、賢者も亦た数有り。宰我曰く、「予を以て夫子を観れば、堯舜より賢れること遠し」と。易の大伝に曰く、「久しかるべきは則ち賢人の徳、大なるべきは則ち賢人の業」と。仮使後人辞を措かば、必ず聖人と曰はん。故に賢人は泛称なるを知るのみ。楊子雲に至りて始めて曰く、「聖人の言は天の如く、賢人の言は地の如し」と。是れより後、聖賢遂に階級の名と為る。孔子を大聖、顔子を亜聖、孟子を亜聖の次と謂ふに至りては、則ち亦た窃かに浮屠の如来・菩薩・補処の称に倣ふ。戯に近しと謂ふべきのみ。
現代語訳
聖人・賢人という名は、古くは等級づけされていなかった。聖人は制度の作者に名づけ、賢人は才能と徳について言う、群を抜いた者の名であった。聖人もまた群を抜いた者である。だから段階を下げていけば、賢者にもさまざまある。宰我は「私の見るところ、先生(孔子)は堯舜よりはるかに賢っておられる」と言い、『易』の大伝(繋辞伝)には「久しく続けられるのは賢人の徳、大きくできるのは賢人の業」とある。もし後世の人が書いたなら、必ず「聖人」と言ったところである。だから賢人は広く用いた呼び名だったとわかる。揚雄(楊子雲)になって初めて「聖人の言葉は天のよう、賢人の言葉は地のよう」と言い、これ以後、聖と賢は等級の名となった。孔子を大聖、顔回を亜聖、孟子をその次とするに至っては、ひそかに仏教の如来・菩薩・補処(次に仏となる菩薩)という呼び方をまねたもので、戯れに近いと言うべきだ。
解説
この章句が説くこと
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