弁名 / 聖
夫古者祭祖配之天。則祖宗與天一矣。是天子興大事。其所受命。唯天與先聖已。故曰君子有三畏畏天命。畏大人。畏聖人之言。是君子所畏。亦唯天與先聖已。是雖異代聖人。尊崇之若是其至也。况夏之於禹。商之於湯。周之於文武。皆開國太祖。道所自出。天下無貴賤。奉其禮樂法制。不敢違之。而奚議爲。古之道爲爾。故孔子而上。莫有優劣聖人之德者矣。
新字:夫古者祭祖配之天。則祖宗与天一矣。是天子興大事。其所受命。唯天与先聖已。故曰君子有三畏畏天命。畏大人。畏聖人之言。是君子所畏。亦唯天与先聖已。是雖異代聖人。尊崇之若是其至也。況夏之於禹。商之於湯。周之於文武。皆開国太祖。道所自出。天下無貴賤。奉其礼楽法制。不敢違之。而奚議為。古之道為爾。故孔子而上。莫有優劣聖人之徳者矣。
書き下し
夫れ古は祖を祭りて之を天に配す。則ち祖宗と天とは一なり。是れ天子大事を興すに、其の命を受くる所は、唯だ天と先聖とのみ。故に曰く、「君子に三畏有り。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る」と。是れ君子の畏るる所も、亦た唯だ天と先聖とのみ。是れ異代の聖人と雖も、之を尊崇すること是の若く其れ至れり。況や夏の禹に於ける、商の湯に於ける、周の文武に於ける、皆開国の太祖にして、道の自りて出づる所なり。天下貴賤と無く、其の礼楽法制を奉じ、敢へて之に違はず。而るを奚ぞ議せんや。古の道爲り爾り。故に孔子よりして上は、聖人の徳を優劣する者有ること莫し。
現代語訳
そもそも古代には祖先を祭って天に配した。つまり祖宗と天とは一体であった。だから天子が大事を起こすとき、命を受ける相手は天と先聖だけであった。それで「君子には三つの畏れがある。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言葉を畏れる」と言うのである。君子が畏れるのも、ただ天と先聖だけである。このように、時代の違う聖人であっても、これほどまでに尊んだ。まして夏にとっての禹、殷にとっての湯、周にとっての文王・武王は、いずれも国を開いた太祖であり、道がそこから出てきた源である。天下の人は身分の上下を問わずその礼楽と法制を奉じ、あえて背くことはなかった。どうしてその徳をあれこれ論評などしようか。これが古の道であった。だから孔子より前には、聖人の徳の優劣を論じた者はいない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』智命を知るとは、天命を知るなり。天の命ずる所何如を知るを謂ふなり。先王の道は、天に本づき、天命を奉じて以て之を行ふ。君子の道を学ぶも、亦た以て天職を奉ぜんと欲するのみ。我道を学び徳を成して爵至らず、是れ天我に命じて以て道を人に伝へしむるなり。君子は教学を以て事と為し、人知らずして慍らず、是れ之を命を知ると謂ふ。凡そ人の力は、及ぶ有り、及ばざる有り。強ひて其の力の及ばざる所の者を求むるは、不智の大なる者なり。故に曰く、「命を知らざれば、以て君子為ること無きなり」と。後儒或いは其の然る所以の理を知ると曰ひ、或いは吉凶禍福を知ると曰ひ、或いは名利得失に毫も心を動かさずと曰ふ。皆道を知らざる者の言のみ。
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『翁問答』上卷之末かの病人悪寒発熱の病勢おとろへ本服しぬれば、常の人の如くに暑き寒さをおぼゆるものなり、その如く運命のいきをひおとろへて其分数極まりぬれば、必らず悪人は六極のがれ難く、善人は五福をうくるものなり、しかるゆへに盗跖は無病息災に難なくながいきして暮しぬる様なれども、おのれと六極の剛悪におちいりて、至誠無息の神理をうしなひ、万世不朽の悪名をながしぬれば、六極の報応さだかならずやまた顔子は箪瓢陋巷不幸短命なれども、五福の攸好徳をうけ、真楽の介福めでたく長在不滅の神理あきらかにして、万世きはまりなく、公爵の追贈四配の祭祀をうけ給ひぬれば、五福の嚮命あきらかならずや運命のいきおひによつて一旦見かけは福善禍淫の常にたがふやうなれども、畢竟しんじつの端的終には天命本然の常にたちかへるものなり、
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段答ふ、其の一家一門の議は、皆々法を知らざるゆへなり。道有りて聚むる金銀は天命なり。天の賜ふ財を舎てず、天の命にそむかず、約を以て礼の本を守れり。又道を行ふ者は、他のそしりは、有るならひなり。孟子曰く、傷むこと無し、士は茲の多口に憎まる。詩に云ふ、憂心悄悄たり、群小に慍まると。孔子なりと。聖人の行ひは、小人の行ひに違へる故、衆の口の為に、孔子も譏りに逢ひ玉へり。又美食を好まざるは、身の分限なり。二汁五菜七菜などと云ふ重き料理は、下々のことにあらず。御上より品を分けて見ば、汝の親方の料理は、今少し奢にても有るべし。それを一門衆は、箸を取り初むる計りとは、分を知らざる奢る者なり。先づ飢饉年には、飯米の調へ代を借り、汝の親方の恵みにより飢ゑに及ばず、それを忘れ、身の分を知らず、
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尚書・康誥惟れ命は常には于いてせず。
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『初学訓』巻之三一人力を以て天命を得る道あり。士は、君に仕へてよく勤むれば、君の寵を得て、禄あつし。農は、田をつとめてよく作れば、秋のなりはひ多し。工商は、其家業をよくつとむれば富む。およそ、四民ともに、よくつとむれば家富む。古語にも、人生はつとめにあり、つとむれば乏しからず、といへり。又倹約を行ひて、濫りに財を費さざれば、よく家をたもちて貧しからず。又養生をよくつつしめば、命ながし。是皆、人力を以て天命を得る理あり。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり変あり。善を行へば福あり、悪をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。悪人に福あるは変なり。人の吉凶、禍福、寿夭、富貴貧賤、万の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の万事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福来るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の変なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、命を知らざれば以て君子たること無きなりといへり。
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