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弁名 / 智

夫人之知人。各於其倫。唯聖知聖。賢知賢。人之爲才。相倍蓰。相什佰千萬。則賢者之難知。豈不宜乎。況我不及其賢而能知之。如高宗之於傅說。桓公之於管仲。可不謂難乎。不爾。堯之於鯀。徒知其才而不知其惡。謂之不知人可乎。故堯之知人。在知舜。而不在知鯀。古之道爲爾。後之學者昧乎斯義而欲悉知其長短得失。無所逃其藻鑒。是曹孟德之所尙耳。豈古之道哉。

新字:夫人之知人。各於其倫。唯聖知聖。賢知賢。人之為才。相倍蓰。相什佰千万。則賢者之難知。豈不宜乎。況我不及其賢而能知之。如高宗之於傅説。桓公之於管仲。可不謂難乎。不爾。堯之於鯀。徒知其才而不知其悪。謂之不知人可乎。故堯之知人。在知舜。而不在知鯀。古之道為爾。後之学者昧乎斯義而欲悉知其長短得失。無所逃其藻鑒。是曹孟徳之所尚耳。豈古之道哉。

書き下し

夫れ人の人を知るは、各々其の倫に於てす。唯だ聖は聖を知り、賢は賢を知る。人の才為る、相倍蓰し、相什佰千万す。則ち賢者の知り難き、豈に宜ならずや。況んや我其の賢に及ばずして能く之を知る、高宗の傅説に於ける、桓公の管仲に於けるが如き、難しと謂はざるべけんや。爾らずんば、堯の鯀に於ける、徒に其の才を知りて其の悪を知らず、之を人を知らずと謂ひて可ならんや。故に堯の人を知るは、舜を知るに在りて、鯀を知るに在らず。古の道爾りと為す。後の学者斯の義に昧くして、悉く其の長短得失を知りて、其の藻鑑を逃るる所無からしめんと欲す。是れ曹孟徳の尚ぶ所のみ。豈に古の道ならんや。

現代語訳

そもそも人が人を知るのは、それぞれ同類の範囲においてである。聖人だけが聖人を知り、賢者だけが賢者を知る。人の才能は、二倍五倍、十倍百倍千倍万倍と違う。だから賢者を知るのが難しいのは当然ではないか。まして自分がその人の賢さに及ばないのに見抜くのは、殷の高宗が傅説を、斉の桓公が管仲を見出したように、難しいと言わずにいられようか。そうでなければ、堯が鯀について、ただその才能を知ってその悪を知らなかったことを、人を知らなかったと言ってよいだろうか。だから堯が人を知ったというのは、舜を見出したことにあり、鯀を見抜けなかったことにはない。古の道はそうであった。後の学者はこの意味に暗く、人の長所短所・得失をすべて知り、自分の鑑定から何一つ漏らすまいとする。それは曹操が尊んだことにすぎない。どうして古の道であろうか。

解説

人は自分と同じ程度の人しか見抜けない。賢者は賢者を知り、才能の差は何倍にも開くから、自分より優れた人を見出すことはきわめて難しい、と徂徠は言う。だから堯が治水に失敗した鯀を用いたことは人を見誤ったとはされず、舜を見出したことで「人を知る」と称えられる。人のすべてを見抜こうとするのは、曹操のような覇者の人物鑑定にすぎない。採用や抜擢でも、全員を正確に評価しようとするより、一人の傑出した人材を見落とさないことのほうがはるかに大切である。

この章句が説くこと

知人賢者人材登用智曹操

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