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弁名 / 智

故智之爲德。莫大於知人焉。祇所謂知人者。世儒多謂人之智愚賢不肖。其所長。其所短。妍媸悉照。毫釐弗遺。是謬之大者也。大氏古所謂知人者。在知其所長。而其所短不必知焉。及其至者。則必稱能知仁賢之人。謂之知人焉。故樊遲不達知人之義。則子夏釋之曰。舜擧皐陶。湯擧伊尹。可見古之道爲爾。

新字:故智之為徳。莫大於知人焉。祇所謂知人者。世儒多謂人之智愚賢不肖。其所長。其所短。妍媸悉照。毫釐弗遺。是謬之大者也。大氏古所謂知人者。在知其所長。而其所短不必知焉。及其至者。則必称能知仁賢之人。謂之知人焉。故樊遅不達知人之義。則子夏釈之曰。舜挙皐陶。湯挙伊尹。可見古之道為爾。

書き下し

故に智の徳為る、人を知るより大なるは莫し。祇だ所謂人を知る者、世儒多く人の智愚賢不肖、其の長ずる所、其の短なる所、妍媸悉く照らし、毫釐も遺さずと謂ふ。是れ謬りの大なる者なり。大氐古の所謂人を知る者は、其の長ずる所を知るに在りて、其の短なる所は必ずしも知らず。其の至れる者に及びては、則ち必ず能く仁賢の人を知るを称して、之を人を知ると謂ふ。故に樊遅人を知るの義に達せず、則ち子夏之を釈して曰く、「舜皐陶を挙げ、湯伊尹を挙ぐ」と。古の道爾りと為すを見るべし。

現代語訳

だから智という徳の中で、人を知ることより大きなものはない。ただ、世の儒者の多くは、人を知るとは、人の知愚・賢不肖、長所も短所も、美点も醜さもすべて照らし出し、ほんのわずかも見逃さないことだと言う。これは大きな誤りである。だいたい古で言う人を知るとは、その人の長所を知ることにあり、短所は必ずしも知らなくてよい。その極みとなると、必ず仁者や賢者を見出せることを称えて、人を知ると言った。だから樊遅が「人を知る」の意味を理解できなかったとき、子夏はそれを説明して「舜は皐陶を登用し、湯王は伊尹を登用した」と言った。古の道がそうであったことがわかる。

解説

人を知るとは、相手の長所も短所も残らず照らし出すことではなく、長所を知ることだと徂徠は言う。短所まで全部知る必要はなく、極まれば仁者・賢者を見出して登用することになる。『論語』顔淵篇で子夏が、舜が皐陶を、湯が伊尹を挙げた例で「人を知る」を説明したのがその証拠である。部下の欠点を細かく把握することに熱心な上司は多いが、それで人が育つわけではない。その人の強みを見抜き、それを生かす場に置くことこそが、人を知るということなのである。

この章句が説くこと

知人長所智登用人材論語

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