弁名 / 德
明德者。顯德也。謂其德著明。衆所皆見也。故多以稱在上之德焉。左傳。成鱄引詩其德克明而釋之曰。照臨四方曰明。齊侯使來。告成三國。公使衆仲對曰。敢不承受君之明德。宮之奇曰。若晋取虞。而明德以薦馨香。神其吐之乎。臧文仲曰。先王之明德。猶無不難也。無不懼也。況我小國乎。
新字:明徳者。顕徳也。謂其徳著明。衆所皆見也。故多以称在上之徳焉。左伝。成鱄引詩其徳克明而釈之曰。照臨四方曰明。斉侯使来。告成三国。公使衆仲対曰。敢不承受君之明徳。宮之奇曰。若晋取虞。而明徳以薦馨香。神其吐之乎。臧文仲曰。先王之明徳。猶無不難也。無不懼也。況我小国乎。
書き下し
明徳なる者は、顕徳なり。其の徳著明にして、衆の皆見る所なるを謂ふなり。故に多く以て上に在るの徳を称す。左伝に、成鱄、詩の「其の徳克く明らかなり」を引きて之を釈して曰く、「四方を照臨する、明と曰ふ」と。斉侯使ひをして来たらしめ、三国を成すを告ぐ。公衆仲をして対へしめて曰く、「敢へて君の明徳を承受せざらんや」と。宮之奇曰く、「若し晋虞を取りて、明徳以て馨香を薦めば、神其れ之を吐かんや」と。臧文仲曰く、「先王の明徳すら、猶ほ難しとせざる無く、懼れざる無きなり。況んや我が小国をや」と。
現代語訳
「明徳」とは、顕らかな徳である。その徳がはっきりと現れて、人々がみな見ることのできるものを言う。だから多くは上に立つ者の徳を称える。『左伝』で成鱄は『詩経』の「その徳はよく明らかである」を引き、「四方を照らし臨むことを明という」と解いた。斉侯が使者をよこして三国の和睦が成ったことを告げたとき、隠公は衆仲に答えさせて「どうして君の明徳を承らないことがありましょう」と言った。宮之奇は「もし晋が虞を取り、明徳をもって香り高い供え物を捧げれば、神がそれを吐き出すでしょうか」と言った。臧文仲は「先王の明徳でさえ、なお何事も難しいと思い、何事も恐れ慎んだ。まして我が小国はなおさらだ」と言った。
解説
この章句が説くこと
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