弁名 / 德
至德者。謂德之至者也。孔子稱泰伯以其讓。稱周以其恭。書以允恭克讓稱堯。其爲至德可知已。然自非聖人之恭讓則未足以爲至德焉。泰伯之讓。以天下。周之恭。以天下。是其所以爲至也。以孝爲至德者。以其爲爲仁之本也。周官至德者。謂聖人之德爲萬世之標準也。敏德者。謂德以性殊者也。
新字:至徳者。謂徳之至者也。孔子称泰伯以其譲。称周以其恭。書以允恭克譲称堯。其為至徳可知已。然自非聖人之恭譲則未足以為至徳焉。泰伯之譲。以天下。周之恭。以天下。是其所以為至也。以孝為至徳者。以其為為仁之本也。周官至徳者。謂聖人之徳為万世之標準也。敏徳者。謂徳以性殊者也。
書き下し
至徳なる者は、徳の至れる者を謂ふなり。孔子泰伯を称するに其の譲を以てし、周を称するに其の恭を以てす。書に允恭克譲を以て堯を称す。其の至徳為ること知るべきのみ。然れども聖人の恭譲に非ざるよりは則ち未だ以て至徳と為すに足らず。泰伯の譲は、天下を以てす。周の恭は、天下を以てす。是れ其の至と為る所以なり。孝を以て至徳と為す者は、其の仁を為すの本為るを以てなり。周官の至徳なる者は、聖人の徳の万世の標準為るを謂ふなり。敏徳なる者は、徳の性を以て殊なる者を謂ふなり。
現代語訳
「至徳」とは、徳の極みを言う。孔子は泰伯をその譲ることによってたたえ、周をその恭しさによってたたえた。『書経』は「まことに恭しく、よく譲る」と堯をたたえる。これらが至徳であることがわかる。しかし聖人の恭しさや譲りでなければ、至徳とするには足りない。泰伯は天下を譲り、周は天下を手にできる力を持ちながら殷に恭しく仕えた。だから極みなのである。孝を至徳とするのは、孝が仁を行う根本だからである。『周礼』の至徳とは、聖人の徳が万世の標準となることを言う。「敏徳」とは、性によって人ごとに異なる徳を言う。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』謙讓遜不伐謙は恭と相似たり。但だ恭は敢へて高しとせざるなり、卑き意有り。謙は敢へて当たらざるなり、退く意有り。陳子禽の「子は恭を為すなり」と曰ふが如きは、則ち謙なり。譲は争の反、推して以て人に与ふるなり。辞と譲と相似たり。辞は受けざるのみ。遜は争はざるなり、柔順の意有り。多く言を出だすを以て之を言ふ。其の言柔順にして、物と忤はざるなり。「遜位」「揖遜」の如きは、則ち譲なり。不伐は、功有りて其の功を伐らざるなり。皆盛徳の事なり。君子礼楽を学びて以て其の徳を成せば、則ち和順中に積みて英華外に発する者此くの如し。夫れ不伐は禹の徳なり。譲は堯・舜・泰伯の徳なり。禹の功は万世に頼られて伐らず、大なるかな。堯は舜に譲り、舜は禹に譲り、正徳の道是に於いて成りて、万古帝王の道立つ。大なるかな。泰伯譲りて文武の沢一代に被る、亦た大なるかな。是れ皆一己の節を以てするに非ざるなり。聖人に非ずんば其れ孰か能く之をせんや。孟子の弁を好みてより、重きを舜禹の受くるに帰して、堯舜の譲明らかならず。悲しいかな。
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尚書・太甲中先を奉じては孝を思い、下に接しては恭を思う。遠きを視るは惟れ明、徳を聴くは惟れ聡。
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論語・学而篇子禽子貢に問いて曰く、「夫子是の邦に至るや、必ず其の政を聞く。之を求めたるか、抑も之を与えたるか。」子貢曰く、「夫子は温・良・恭・倹・譲以て之を得たり。夫子の之を求むるや、其れ諸を人の之を求むるに異なるか。」
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礼記・坊記子云う、「觴酒(しょうしゅ)豆肉、譲りて悪しきを受くるも、民猶お歯を犯す。衽席(じんせき)の上、譲りて下に坐するも、民猶お貴きを犯す。朝廷の位、譲りて賤しきに就くも、民猶お君を犯す。《詩》に云う、『民の良無き、一方を相怨む。爵を受けて譲らず、己に至りて斯に亡ぶ』と」。 子云う、「君子は人を貴びて己を賤しみ、人を先にして己を後にすれば、則ち民譲を作(おこ)す。故に人の君を称して君と曰い、自ら其の君を称して寡君と曰う」と。
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『翁問答』下卷之末之末体充曰、さやうに候はゞ、今時の物よみ坊主衆のかみをそりて出家のまねをめさるゝも、道理にかなひたる事にて候や。師の曰、俗儒の作法は無案内なれば、何とも了簡に及がたし、定て日本にての俗儒は、かみをそらではかなはぬ子細ありての事ならんか、真儒の道にて論ずれば、中庸の神理にだにかなひぬれば、かみをそりても苦しからず、泰伯は孝行の為に髪を断身を文にしたまひたり、しかるを孔子、泰伯は其れ至徳と謂ふべきのみと嘆美したまふかみをたち身を文にしたまふをほめたまふにあらず、
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司馬法・天子之義上苟も善を伐(ほこ)らざれば、則ち驕らず。下苟も善を伐らざれば、必ず等を亡(な)くす。上下善を伐らざること此くの若きは、譲の至りなり。
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