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弁名 / 德

達德者。謂德之通人人皆有之者也。子思此言。本於孔子所謂君子道者三。然亦以夫婦之不肖所與知能行言之。則微乎微矣。豈孔門之舊哉。因子思有此言。而孟子又言仁義禮智人皆有之。皆所以與老氏爭仁義之非僞也。而道德之名紊焉。思孟皆以闢邪說爲主。所以失也。學者思諸。

新字:達徳者。謂徳之通人人皆有之者也。子思此言。本於孔子所謂君子道者三。然亦以夫婦之不肖所与知能行言之。則微乎微矣。豈孔門之旧哉。因子思有此言。而孟子又言仁義礼智人皆有之。皆所以与老氏争仁義之非偽也。而道徳之名紊焉。思孟皆以闢邪説為主。所以失也。学者思諸。

書き下し

達徳なる者は、徳の人人に通じて皆之有る者を謂ふなり。子思の此の言は、孔子の所謂君子の道なる者三に本づく。然れども亦た夫婦の不肖も与り知り能く行ふ所を以て之を言へば、則ち微なるかな微なり。豈に孔門の旧ならんや。子思に此の言有るに因りて、孟子又た仁義礼智人皆之有りと言ふ。皆老氏と仁義の偽に非ざるを争ふ所以なり。而して道徳の名紊る。思孟皆邪説を闢くを以て主と為す。失ふ所以なり。学者諸を思へ。

現代語訳

「達徳」とは、徳のうち誰にでも通じてみなが持っているものを言う。子思のこの言葉は、孔子の言う「君子の道は三つ(仁・知・勇)」に基づいている。しかし、愚かな夫婦でもあずかり知り、行うことができるという面から言うなら、それはごくわずかなものにすぎない。どうして孔子の門の古い教えであろうか。子思にこの言葉があったので、孟子もまた「仁義礼智は人がみな持っている」と言った。いずれも老子の徒に対して、仁義は作り物ではないと論争するためであった。そのせいで道と徳の名が乱れた。子思も孟子も邪説を退けることを主眼としたので、本来の意味を失ったのである。学ぶ者はよく考えよ。

解説

『中庸』の知・仁・勇を「天下の達徳」とする説について、徂徠は、誰もが持つ徳としてならごく微小なものにすぎず、孔子の門の本来の教えではないと言う。子思も孟子も、仁義を人為の偽物とする老荘に反論するため、人に生まれつき備わると強調したが、そのために道と徳の名が乱れた。論争相手を打ち負かすための言葉は、ときに本来の意味を歪める。社内の議論でも、反対派を説得するために言い過ぎた言葉が、のちに方針そのものとして独り歩きすることがある。論争の文脈を見抜く目が要る。

この章句が説くこと

達徳中庸孟子老子論争徳

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