翁問答 / 下卷之末之末
體充曰、さやうに候はゞ、今時の物よみ坊主衆のかみをそりて出家のまねをめさるゝも、道理にかなひたる事にて候や。師の曰、俗儒の作法は無案內なれば、何とも了簡に及がたし、定て日本にての俗儒は、かみをそらではかなはぬ子細ありての事ならんか、眞儒の道にて論ずれば、中庸の神理にだにかなひぬれば、かみをそりても苦しからず、泰伯は孝行の爲に髪を斷身を文にしたまひたり、しかるを孔子泰伯其可謂至德也已矣と嘆美したまふかみをたち身を文にしたまふをほめたまふにあらず、
新字:体充曰、さやうに候はゞ、今時の物よみ坊主衆のかみをそりて出家のまねをめさるゝも、道理にかなひたる事にて候や。師の曰、俗儒の作法は無案内なれば、何とも了簡に及がたし、定て日本にての俗儒は、かみをそらではかなはぬ子細ありての事ならんか、真儒の道にて論ずれば、中庸の神理にだにかなひぬれば、かみをそりても苦しからず、泰伯は孝行の為に髪を断身を文にしたまひたり、しかるを孔子泰伯其可謂至徳也已矣と嘆美したまふかみをたち身を文にしたまふをほめたまふにあらず、
書き下し
体充曰、さやうに候はゞ、今時の物よみ坊主衆のかみをそりて出家のまねをめさるゝも、道理にかなひたる事にて候や。師の曰、俗儒の作法は無案内なれば、何とも了簡に及がたし、定て日本にての俗儒は、かみをそらではかなはぬ子細ありての事ならんか、真儒の道にて論ずれば、中庸の神理にだにかなひぬれば、かみをそりても苦しからず、泰伯は孝行の為に髪を断身を文にしたまひたり、しかるを孔子、泰伯は其れ至徳と謂ふべきのみと嘆美したまふかみをたち身を文にしたまふをほめたまふにあらず、
現代語訳
體充が言う。「そうであれば、今時の物読み坊主衆(剃髪した儒者)が髪を剃って出家のまねをなさるのも、道理にかなったことなのか。」師が言う。「俗儒の作法は不案内なので、何とも判断しかねる。きっと日本での俗儒は、髪を剃らなければならない事情があってのことだろうか。真の儒者の道で論じれば、中庸の神理にさえかなっていれば、髪を剃っても差し支えない。泰伯は孝行のために髪を断ち、体に入れ墨をされた。それを孔子が「泰伯は至徳と言うべきである」と称えられたのは、髪を断ち入れ墨をしたことを褒められたのではない。
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之四・或人神詣ヲ問之段答ふ、親の心に適ふやうにせらるべし。曰く、親はなきゆへに、問ふこともならず、親の心、いかゞしてしるべきや。答ふ、都て親の心は、子の身の上能きことを願ふものなり。親の心は、子を思ふに致らざる所なし。然れば、身の汚れなき以前に、産神へ参らるべし。親存生の時に、汝在所へ往かば、先づ産神へ参るべしといはるゝに非ずや。然らば先づ社参して神を敬はゞ、是親の心に合ふといふものなり。父母の心に合ふほど、宜きことあらんや。范氏曰く、子能く父母の心を以て心と為せば則ち孝なり。中庸に、死に事ふること生に事ふるが如しといへり。今は父母なしといへども、此意味を得心して事へば、孝行と成るべきことなり。
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『翁問答』下卷之末之末全孝の心法をよく受用して得ことあれば、其心ひろく体胖に広大高明精微中庸の神道を服膺して、人の子となりては孝に止り、人の臣下となりては忠に止り、人の親となりては慈に止り、人の君となりては仁に止り、人の兄となりては恵に止り、人の弟となりて恭に止り、人の朋友となりては信に止り、富貴に素しては富貴を行ひ、貧賤に素しては貧賤をおこない、夷狄に素しては夷狄をおこなひ、患難に素しては患難をおこなひ、境遇に意必の累なきこと水のながるゝ如く、心の安く静なる事は山の定れるが如く暴君汚吏も志を奪ことあたはず天災地妖も殺ことあたはざるものなり、もしまた聖胎純熟の時至り、脱胎神化して神聖の位に至ときは、天地と其徳をあはせ、日月と其明をあはせ、四時と其序をあはせ、鬼神と其吉凶をあはせ、四表に光被し上下に格る、しかる故に南面の位にありては帝堯の君たるなり、北面の位にありては帝舜の臣たる也、位を得ずして下にありては玄聖素王の道なり、孔子曰、夫れ聖人の徳、又何を以てか孝に加へんや。
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『慎思録』巻之二荀子曰く、君子の行ひは苟難を貴ばず、唯だ其の当たるを之れ貴しと為す、と。愚謂ふ、苟難を貴ぶ者は、此れ名を好むの人なり。蓋し君子の行ひは、本分の外に、毫末をも加へず。若し夫れ股を割き墓に廬し、車を敝り馬を羸らすの類は、此れ皆本分の外に出づ。所謂苟難を貴ぶ者なり。
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言志四録・言志録 第百十四条 孝子を賞するの道近代孝子を賞するに、金帛粟米を賜ひて以て之を旌す。頽俗を風励するの意に於ては則ち得たり。但だ其の之を賞するは、当に諸を孝子の心に原ぬべくして可なり。孝子の心は、親を愛するの外に他念無し。其の身の艱苦すら、且つ甘んじて之を受く。況んや敢へて名を求めんや。故に金帛粟米の賜は、宜しく其の親に厚くして其の子に薄くすべし。蓋し其の子に薄くするに非ず。其の親に厚くする所以の者は、即ち其の子に厚くする所以なり。親を賞するの辞に曰く、「庭訓素有り」と。子を賞するの辞に曰く、「能く庭訓に従ふ」と。此くの如くんば則ち孝子の素願足れり。
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