囲炉夜話 / 第三十五則・天道は最も公なり
德澤太薄,家有好事,未必是好事。得意者,何可自矜? 天道最公,人能苦心,斷不負苦心。為善者,須當自信。
新字:徳沢太薄,家有好事,未必是好事。得意者,何可自矜? 天道最公,人能苦心,断不負苦心。為善者,須当自信。
書き下し
德澤太だ薄ければ、家に好事有るも、未だ必ずしも是れ好事ならず。意を得る者は、何ぞ自ら矜るべけんや。 天道は最も公なり、人能く苦心すれば、斷じて苦心に負かず。善を為す者は、須らく當に自ら信ずべし。
現代語訳
徳の恵みがあまりに薄ければ、家に良いことがあっても、必ずしも良いこととは限りません。思いどおりになった人も、どうして自分を誇ってよいでしょうか。天の道は最も公平です。人が心を尽くして苦労すれば、決してその苦心を裏切りません。善を行う者は、自分を信じるべきです。
解説
順境の人への戒めと、苦境の人への励ましを並べた対句です。徳沢は、徳によって人に及ぼす恵みのことです。それが薄いまま良いことが舞い込んでも、支える土台がないので、かえって災いの元になりかねないと言います。だから得意のときこそ誇ってはならないのです。後半は、天道は公平で苦心は必ず報われると説き、善をなす人に自信を持てと励まします。報われる時期は人が決められませんが、積み重ねた努力は何らかの形で返ってくるという信念です。うまくいっているときは謙虚に、報われないときは腐らずに、という心の持ち方を教えています。
この章句が説くこと
天道積善謙虚苦心因果
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