弁名 / 道
如仁齋先生據易大傳一陰一陽而以所以往來爲解。殊不知所謂一陰一陽者本語易道也。大傳又曰。一闔一闢謂之變。往來不窮謂之通。其以變通爲言。豈非易道邪。何以盡先王之道乎。且其言也以意論說其精微者也。夫以意論說其精微者。亦取諸其臆者也。其人議宋儒而蹈其轍。欲以聖人之所不能言者使瞭然於一言。均之亦宋儒之遺耳。
新字:如仁斎先生拠易大伝一陰一陽而以所以往来為解。殊不知所謂一陰一陽者本語易道也。大伝又曰。一闔一闢謂之変。往来不窮謂之通。其以変通為言。豈非易道邪。何以尽先王之道乎。且其言也以意論説其精微者也。夫以意論説其精微者。亦取諸其臆者也。其人議宋儒而蹈其轍。欲以聖人之所不能言者使瞭然於一言。均之亦宋儒之遺耳。
書き下し
仁斎先生の如きは、易の大伝の「一陰一陽」に拠りて、往来する所以を以て解と為す。殊に知らず、所謂一陰一陽なる者は本と易の道を語るなり。大伝又曰く、「一闔一闢之を変と謂ひ、往来窮まらざる之を通と謂ふ」と。其の変通を以て言と為す、豈に易の道に非ずや。何を以て先王の道を尽くさんや。且つ其の言や意を以て其の精微を論説する者なり。夫れ意を以て其の精微を論説する者は、亦た諸を其の臆に取る者なり。其の人宋儒を議して其の轍を踏む。聖人の言ふこと能はざる所の者を以て一言に瞭然たらしめんと欲す。之を均しくするに亦た宋儒の遺のみ。
現代語訳
伊藤仁斎先生などは、『易』の繋辞伝の「一陰一陽、之を道と謂ふ」に拠って、道とは陰陽が往来するゆえんだと解釈した。しかし「一陰一陽」とは、もともと易の道を語ったものだということをまったく知らない。繋辞伝はまた「一たび閉じ一たび開く、これを変といい、往来して窮まらない、これを通という」と言う。変通を言っているのだから、易の道でなくて何であろう。それでどうして先王の道を言い尽くせようか。しかもその言葉は、自分の考えで道の精微を論じたものである。自分の考えで精微を論じる者は、やはり胸の内から取り出している者だ。仁斎は宋儒を批判しながら、その轍を踏んでいる。聖人でさえ言葉にできなかったものを、一言ではっきりさせようとする。結局は宋儒の名残にすぎない。
解説
この章句が説くこと
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