弁名 / 道
大氏先王之道。若迂若遠。常人所不能知。故曰。民可使由之。不可使知之。又曰。爲此詩者。其知道乎。以道之難知也。又曰。吾道一以貫之。而不言以何貫之。以其不可言也。以其不可言也。故先王立言與事以使守之。詩書禮樂。是其敎也。是故以顏子之知。猶且博學於文。約之以禮。而後見其如有所立卓爾。若使道瞭然於一言。則先王孔子已言之。萬萬無此理。豈不妄之甚乎。
新字:大氏先王之道。若迂若遠。常人所不能知。故曰。民可使由之。不可使知之。又曰。為此詩者。其知道乎。以道之難知也。又曰。吾道一以貫之。而不言以何貫之。以其不可言也。以其不可言也。故先王立言与事以使守之。詩書礼楽。是其教也。是故以顔子之知。猶且博学於文。約之以礼。而後見其如有所立卓爾。若使道瞭然於一言。則先王孔子已言之。万万無此理。豈不妄之甚乎。
書き下し
大氐先王の道は、迂なるが若く遠きが若く、常人の知ること能はざる所なり。故に曰く、「民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」と。又曰く、「此の詩を為る者は、其れ道を知れるか」と。道の知り難きを以てなり。又曰く、「吾が道は一以て之を貫く」と。而して何を以て之を貫くかを言はず。其の言ふべからざるを以てなり。其の言ふべからざるを以ての故に、先王は言と事とを立てて以て之を守らしむ。詩書礼楽、是れ其の教なり。是の故に顔子の知を以てすら、猶且つ博く文を学び、之を約するに礼を以てして、而る後に其の立つ所有りて卓爾たるが如きを見る。若し道をして一言に瞭然たらしめば、則ち先王・孔子已に之を言はん。万万此の理無し。豈に妄の甚だしきにあらずや。
現代語訳
おおよそ先王の道は、回りくどく遠いもののようで、普通の人には知ることができない。だから「民はこれに拠らせることはできるが、知らせることはできない」と言い、また「この詩を作った者は道を知っていたのだろうか」と言った。道が知りがたいからである。また「わが道は一つのもので貫かれている」と言いながら、何で貫くのかは言わなかった。言葉にできないからである。言葉にできないからこそ、先王は言葉(教え)と事(礼楽の実践)を立てて人々に守らせた。詩・書・礼・楽がその教えである。だから顔回ほどの知恵があっても、なお広く文を学び、礼で自分を引き締めて、ようやく道が目の前に高くそびえ立つように見えたのである。もし道が一言ではっきりわかるものなら、先王や孔子がすでに言っているはずだ。そんな道理は万に一つもない。でたらめもはなはだしいではないか。
解説
この章句が説くこと
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