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弁名 / 序

自厥以降。世載言以移。唐有韓愈而文古今殊焉。宋有程朱而學古今殊焉。之數君子者。皆稟豪杰之資。雄眎一世。慷慨自奮。輙以聖人之道爲己任焉。然其秉心之銳。能遑論其世哉。迺意自取諸理。而謂聖人之道在是矣。殊不知今言非古言。今文非古文。吾居於其中。而以是求諸古。迺能得其名者幾希。且理者。莫不適者也。吾以我意而自取之。是安能得聖人所爲物者哉。名與物失焉。而能得於聖人之道者。未之有也。故程朱所爲名。亦其所自見耳。非七十子之徒所傳孔子之道也。則亦非古先聖王之道也。故欲求聖人之道者。必求諸六經。以識其物。求諸秦漢以前書。以識其名。名與物不舛而後聖人之道可得而言焉已。故作辨名。

新字:自厥以降。世載言以移。唐有韓愈而文古今殊焉。宋有程朱而学古今殊焉。之数君子者。皆稟豪杰之資。雄眎一世。慷慨自奮。輙以聖人之道為己任焉。然其秉心之鋭。能遑論其世哉。迺意自取諸理。而謂聖人之道在是矣。殊不知今言非古言。今文非古文。吾居於其中。而以是求諸古。迺能得其名者幾希。且理者。莫不適者也。吾以我意而自取之。是安能得聖人所為物者哉。名与物失焉。而能得於聖人之道者。未之有也。故程朱所為名。亦其所自見耳。非七十子之徒所伝孔子之道也。則亦非古先聖王之道也。故欲求聖人之道者。必求諸六経。以識其物。求諸秦漢以前書。以識其名。名与物不舛而後聖人之道可得而言焉已。故作弁名。

書き下し

厥れより以降、世は言を載せて以て移る。唐に韓愈有りて文は古今殊なり、宋に程朱有りて学は古今殊なり。之の数君子は、皆豪傑の資を稟け、一世に雄視し、慷慨自ら奮ひ、輒ち聖人の道を以て己が任と為す。然れども其の心を秉ること鋭く、能く其の世を論ずるに遑あらんや。迺ち意もて自ら諸を理に取りて、聖人の道是に在りと謂ふ。殊に知らず、今言は古言に非ず、今文は古文に非ざることを。吾其の中に居りて、是を以て諸を古に求む。迺ち能く其の名を得る者幾ど希なり。且つ理なる者は、適かざること莫き者なり。吾我が意を以て自ら之を取る、是れ安んぞ能く聖人の物と為す所の者を得んや。名と物と失はれて、能く聖人の道を得る者は、未だ之れ有らざるなり。故に程朱の名と為す所も、亦た其の自ら見る所のみ。七十子の徒の伝ふる所の孔子の道に非ざるなり。則ち亦た古先聖王の道に非ざるなり。故に聖人の道を求めんと欲する者は、必ず諸を六経に求めて、以て其の物を識り、諸を秦漢以前の書に求めて、以て其の名を識る。名と物と舛はずして後に聖人の道得て言ふべきのみ。故に辨名を作る。

現代語訳

それ以後、時代とともに言葉は移り変わった。唐には韓愈が出て文章が古今で別物になり、宋には程子・朱子が出て学問が古今で別物になった。この数人の君子はみな傑出した資質をもち、一世を見下ろし、意気盛んに奮い立って、聖人の道を自分の任務とした。しかし心がはやるあまり、時代の違いを論じる余裕などなかった。そこで自分の考えで「理」から答えを取り出し、聖人の道はここにあると言った。今の言葉は古の言葉ではなく、今の文章は古の文章ではないことを、まったく知らなかったのである。今の言葉の中にいて、それで古を求めるのだから、正しい名を得られることはほとんどない。しかも理というものは、どこにでも当てはまるものだ。自分の考えで勝手に取り出したもので、どうして聖人が定めた物を得られようか。名と物を失いながら聖人の道を得た者は、いまだかつていない。だから程朱が定めた名も、自分が見たものにすぎず、七十子が伝えた孔子の道ではない。したがって古の聖王の道でもない。それゆえ聖人の道を求めようとする者は、必ず六経に求めてその物を知り、秦漢以前の書物に求めてその名を知らなければならない。名と物が食い違わなくなってはじめて、聖人の道について語ることができる。だから『辨名』を作るのである。

解説

序の結びで徂徠は、この書を書く理由を明かす。韓愈や程朱は優れた人物だったが、時代とともに言葉が変わったことに気づかず、今の言葉と自分の「理」で古典を読んだ。理はどこにでも当てはまるので、自分の考えを聖人の考えと取り違えやすい。だから六経で物を、秦漢以前の書で名を確かめよというのが古文辞学の方法である。現代でも、昔の契約書や創業者の言葉を今の感覚で読むと誤解が生まれる。当時の用例に当たって言葉の意味を確かめる手間が、正しい理解の土台になる。

この章句が説くこと

古文辞理六経朱子学名学問

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