弁道 / 第二十則
大氏人物。得其養則長。不得其養則死。不啻身已。才知德行皆爾。故聖人之道。在養以成之矣。天地之道。往來不已。感應如神。爲於此而驗於彼。施於今而成於後。故聖人之道。皆有施設之方。不求備於目前。而期成於它日。日計不足。歲計有餘。歲計不足。世計有餘。使其君子有以自然開知養材以成其德。小人有以自然遷善遠惡以成其俗。是其道與天地相流通。與人物相生長。能極廣大而無究已者也。近世頗有言宋儒之非者。而顧其所爲道德者。則亦不出言語講說之間。僅能削其已甚者。而稍傅以溫柔之旨云爾。吁終未免五十步之誚哉。
新字:大氏人物。得其養則長。不得其養則死。不啻身已。才知徳行皆爾。故聖人之道。在養以成之矣。天地之道。往来不已。感応如神。為於此而験於彼。施於今而成於後。故聖人之道。皆有施設之方。不求備於目前。而期成於它日。日計不足。歳計有余。歳計不足。世計有余。使其君子有以自然開知養材以成其徳。小人有以自然遷善遠悪以成其俗。是其道与天地相流通。与人物相生長。能極広大而無究已者也。近世頗有言宋儒之非者。而顧其所為道徳者。則亦不出言語講説之間。僅能削其已甚者。而稍傅以温柔之旨云爾。吁終未免五十歩之誚哉。
書き下し
大氐人物は、其の養ひを得れば則ち長じ、其の養ひを得ざれば則ち死す。啻に身のみならず、才知徳行皆爾り。故に聖人の道は、養ひて以て之を成すに在り。天地の道は、往来已まず、感応神の如し。此に為して彼に験あり、今に施して後に成る。故に聖人の道は、皆施設の方有り。備はるを目前に求めずして、成るを它日に期す。日に計りて足らざるも、歳に計りて余り有り。歳に計りて足らざるも、世に計りて余り有り。其の君子をして以て自然に知を開き材を養ひて以て其の徳を成す有らしめ、小人をして以て自然に善に遷り悪に遠ざかりて以て其の俗を成す有らしむ。是れ其の道天地と相流通し、人物と相生長し、能く広大を極めて究まり已む無き者なり。近世頗る宋儒の非を言ふ者有り。而れども其の所謂道徳なる者を顧みれば、則ち亦た言語講説の間を出でず。僅かに能く其の已甚だしき者を削りて、稍〻傅くるに温柔の旨を以てすと云ふのみ。吁、終に未だ五十歩の誚りを免れざるかな。
現代語訳
おおよそ人も物も、養いを得れば成長し、養いを得なければ死ぬ。身体だけでなく、才知も徳行もみなそうである。だから聖人の道は、養って育て上げることにある。天地の道は、行き来してやむことがなく、感じて応じることは神妙である。ここで行ったことがあちらで効き目を表し、今施したことが後に実を結ぶ。だから聖人の道にはどれも施し設ける手立てがあり、目の前で完成することを求めず、後日に成就することを期する。一日ごとに勘定すれば足りなくても、一年ごとに勘定すれば余りがある。一年ごとに勘定すれば足りなくても、一世代ごとに勘定すれば余りがある。君子には自然に知恵を開き才能を養ってその徳を成させ、民には自然に善に移り悪から遠ざかってよい風俗を成させる。これはその道が天地と流れ通い合い、人や物とともに生まれ育ち、広大を極めて尽きることのないものだからである。近ごろは宋儒の誤りを言う者がかなりいる。しかしその人たちが道徳とするものを見ると、やはり言葉と講釈の域を出ない。宋儒の行き過ぎたところをわずかに削り、少し温和な趣旨を付け加えたにすぎない。ああ、結局は五十歩百歩とのそしりを免れないではないか。
解説
この章句が説くこと
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