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弁道 / 第二十則

先王之道。古者謂之道術。禮樂是也。後儒乃諱術字而難言之。殊不知先王之治。使天下之人日遷善而不自知焉。其敎亦使學者日開其知月成其德而不自知焉。是所謂術也。樂正崇四術。春秋敎以禮樂。冬夏敎以詩書。是之謂也。如後世所謂格物究理。克治持敬。其意非不美矣。祇其不學無術。事不師古。欲襲而取之。驟有諸己。可謂强也。

新字:先王之道。古者謂之道術。礼楽是也。後儒乃諱術字而難言之。殊不知先王之治。使天下之人日遷善而不自知焉。其教亦使学者日開其知月成其徳而不自知焉。是所謂術也。楽正崇四術。春秋教以礼楽。冬夏教以詩書。是之謂也。如後世所謂格物究理。克治持敬。其意非不美矣。祇其不学無術。事不師古。欲襲而取之。驟有諸己。可謂強也。

書き下し

先王の道は、古は之を道術と謂ふ。礼楽是れなり。後儒乃ち術の字を諱みて之を言ふを難る。殊に知らず、先王の治は、天下の人をして日に善に遷りて自ら知らざらしむ。其の教へも亦た学者をして日に其の知を開き月に其の徳を成して自ら知らざらしむ。是れ所謂術なり。楽正四術を崇び、春秋は教ふるに礼楽を以てし、冬夏は教ふるに詩書を以てす。是の謂なり。後世の所謂格物究理、克治持敬の如き、其の意美ならざるに非ず。祇だ其れ学ばずして術無く、事古を師とせず、襲ひて之を取り、驟かに諸を己に有せんと欲す。強ふと謂ふべきなり。

現代語訳

先王の道は、古代には「道術」と呼ばれた。礼楽がそれである。後世の儒者は「術」という字を嫌って、口にするのをはばかる。先王の治め方が、天下の人を日々善に移らせながら本人はそれと気づかないようにするものだったことを知らないのだ。その教えもまた、学ぶ者に日々知恵を開かせ月々徳を成させながら、本人はそれと気づかないようにするものだった。これがいわゆる術である。(『礼記』に)楽正(音楽と教育を司る長官)は四術を尊び、春と秋には礼楽を、冬と夏には詩書を教えたとあるのは、このことである。後世のいわゆる格物究理、克己と持敬などは、その意図が美しくないわけではない。ただ学ばないので術がなく、物事を古に学ばず、外から取ってきてにわかに自分のものにしようとする。無理強いと言うべきである。

解説

第二十則は、先王の道を「道術」と呼ぶ。朱子学者は「術」の字を嫌うが、先王の治は人々を知らず知らずのうちに日々善へ移らせるものであり、その仕掛けこそが術だと徂徠は言う。『礼記』王制の、楽正が四術を尊び春秋に礼楽、冬夏に詩書を教えたという記事を根拠に挙げる。格物究理や持敬は志としては美しいが、術がないまま善を急に我が物にしようとする無理強いだという。精神論ではなく、気づかぬうちに人が育つ仕組みを設計せよという教えである。

この章句が説くこと

道術礼楽教育仕組み先王四術

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