弁道 / 第十四則
雖然。石膏煆附子煨。是則在禮樂哉。石膏雖煆。不損其大寒之性。附子雖煨。不減其大熱之性。故知變化氣質之說非矣。且氣質者天之性也。欲以人力勝天而反之。必不能焉。强人以人之所不能。其究必至於怨天尤其父母矣。聖人之道必不爾矣。孔門之敎弟子。各因其材以成之。可以見已。祇如君子不器。仁人之謂也。君相之器也。比諸匠者與醫焉。或謂可舟可車者。萬萬無此理矣。據於德。依於仁。各隨其性所近。以成其德。苟能得其大者。皆足以爲仁人焉。不器之謂也。
新字:雖然。石膏煆附子煨。是則在礼楽哉。石膏雖煆。不損其大寒之性。附子雖煨。不減其大熱之性。故知変化気質之説非矣。且気質者天之性也。欲以人力勝天而反之。必不能焉。強人以人之所不能。其究必至於怨天尤其父母矣。聖人之道必不爾矣。孔門之教弟子。各因其材以成之。可以見已。祇如君子不器。仁人之謂也。君相之器也。比諸匠者与医焉。或謂可舟可車者。万万無此理矣。拠於徳。依於仁。各随其性所近。以成其徳。苟能得其大者。皆足以為仁人焉。不器之謂也。
書き下し
然りと雖も、石膏は煆き附子は煨す。是れ則ち礼楽に在るかな。石膏は煆くと雖も、其の大寒の性を損せず。附子は煨すと雖も、其の大熱の性を減ぜず。故に気質を変化するの説の非なるを知る。且つ気質は天の性なり。人力を以て天に勝ちて之を反さんと欲するも、必ず能はず。人に強ふるに人の能はざる所を以てすれば、其の究め必ず天を怨み其の父母を尤むるに至る。聖人の道は必ず爾らず。孔門の弟子を教ふる、各〻其の材に因りて以て之を成す。以て見るべきのみ。祇だ「君子は器ならず」の如きは、仁人の謂なり、君相の器なり。諸を匠者と医とに比して、或いは舟にすべく車にすべしと謂ふ者は、万万此の理無し。徳に拠り、仁に依り、各〻其の性の近き所に随ひて、以て其の徳を成す。苟も能く其の大なる者を得れば、皆以て仁人と為るに足る。器ならざるの謂なり。
現代語訳
とはいえ、石膏は焼いて用い、附子は灰に埋めて火を通して用いる。これが礼楽の働きにあたる。しかし石膏は焼いても大いに冷やす性質は損なわれず、附子は火を通しても大いに温める性質は減らない。だから気質を変化させるという説が誤りだと分かる。そもそも気質は天から授かった性である。人の力で天に勝ってそれをひっくり返そうとしても、決してできない。人にできないことを強いれば、最後には必ず天を怨み父母を責めるに至る。聖人の道は決してそうではない。孔子の門で弟子を教えるときは、それぞれの才能に応じて成し遂げさせた。それを見れば分かる。ただ「君子は器ならず(一つの用途に限られない)」というのは仁人のことであり、君主や宰相としての器量をいう。これを大工や医者になぞらえて、一人で舟にもなれば車にもなるというような意味にとる者がいるが、そんな道理はまったくない。徳に拠り、仁に依り、それぞれ自分の性に近いところに従ってその徳を成し遂げる。もしその大きなものをつかめば、誰もが仁人となれる。これが「器ならず」ということである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『弁道』第十四則気質を変化するは、宋儒の造る所にして、中庸に淵源す。先王孔子の道に無き所なり。伝の所謂変ずとは、其の習ひを変ずるを謂ふなり。夫れ先王孔子の道は天下を安んずるの道なり。天下を安んずるは一人の能く為す所に非ず。必ず衆力を得て以て之を成す。諸を辟ふるに、春夏秋冬備はりて、而る後に歳功成すべし。椎鑿刀鋸備はりて、而る後に匠事為すべし。寒熱補瀉備はりて、而る後に医術施すべし。錐は其の鋭きを欲し、椎は其の鈍きを欲す。石膏は大寒、附子は大熱。爾らずんば、先王天下を治むるに、其の材を用ふる所有る莫きなり。
-
『学則』答安澹泊書本然の性・気質の性は、本と孔孟の言の合はざるに苦しむが為に設く。然れども胚胎の始め、気質在り。故に古に此の言無し。而して孟子の性善も亦た大概之を言ふのみ。舜何人ぞや、吾何人ぞや、とは、本と聖人の教へに循ひて以て道を天下に行へば、則ち聖人の治難からざるを言ふ。而るに宋儒乃ち身ら聖人と為らんことを求む。然れども程朱既に聖人と為る能はず、而して孔子の後復た聖人有る無し。則ち是れ空言を懸けて以て人の能はざる所を強ふるなり。変化気質に至りては、亦た経に此の言無し。気質は天の賦する所、豈に変ずべけんや。人各〻資禀に随ひ、以て材を達し徳を成し、諸を国家に用ふ。諸を刀鋸椎鑿に辟ふれば、各〻其の用を殊にして、以て大廈を成す。三代と雖も亦た然り。豈に必ずしも変ずるを須ゐんや。
-
『塩鉄論』殊路篇大夫曰く、性に剛柔有り、形に好惡有り、聖人は因る能うも改むる能わず。孔子は外に二三子の服を變うるも、而も其の心を革むる能わず。故に子路は長劍を解き、危冠を去り、節を夫子の門に屈す、然れども齊を攝して師友たるも、行行爾として、鄙心猶お存す。宰予は晝寢ね、三年の喪を損ぜんと欲す。孔子曰く、『糞土の墻は、杇るべからず』、『由の若きは其の死を得ざらん、然り』と。故に內に其の質無くして外に其の文を學ぶは、賢師良友有りと雖も、脂に畫き氷に鏤むるが若し、日を費やし功を損ず。故に良師も戚施を飾る能わず、香澤も嫫母を化する能わざるなり。
-
『学則』学則七然りと雖も、命を知らざれば以て君子と為る無し。豈に翅だ世に処するのみならんや。学問の道と雖も、皆然らざる莫きのみ。天命之を性と謂ふ。人其の性を殊にし、性其の徳を殊にす。財を達し器を成すは、得て一にすべからず。孔門の諸子、各〻其の性の近き所を得たり。豈に仲尼の教へに足らざる所有らんや。譬へば時雨の之を化するが如く、生ぜざる莫きのみ。大なる者は大に生じ、小なる者は小に生ず。豈に小なる者の大に生ずるを欲せざらんや。実に命同じからず。君子は命を知る、故に之を強ひず。器の成るに及びてや、聖人と雖も及ばざる所有り。故に聖人は敢へて之を強ひず。是の故に人皆聖人と為るべしとする者は非なり。性易ふべしとする者は非なり。君子の不器を、水には舟すべく陸には車すべしとする者は非なり。世俗の尚ぶ所は人なり、天に非ざるなり。故に世俗の尚ぶ所を務めて、以て人の知るを求むる者は、命を知らざるなり。
-
『弁道』第七則孔子の「徳に拠り、仁に依る」と曰ふが如き、人各〻其の性の徳に拠りて之を失はず。性の徳は多端なりと雖も、皆仁を害せず。祇だ未だ養ひて之を成すこと能はず、故に道に悖る。養ふの道は、仁に依り芸に游ぶに在り。依るとは「声は永に依る」の依の如きなり。楽声は必ず詠歌と相依り、清濁之を以てし、節奏之を以てす。依るの謂なり。仁に依るも亦た爾り。人各〻其の徳に拠ると雖も、亦た必ず先王の天下を安んずるの道に和順して、敢へて之に違はず。然る後に以て各〻其の徳を成すに足る。此れ孔門の教へなり。大氐先王孔子の道は、皆運用営為する所有りて、其の要は養ひて以て成すに在り。然るに後人迫切の見、急に仁を以て一切を尽くさんと欲す。是を以て跳りて理に之かざるを得ず。而して其の説を究むれば、乃ち浮屠の法身一切に徧きの帰に過ぎず。悲しいかな。
-
『弁道』第五則蓋し後王君子は、先王の礼楽を奉じて之を行ひ、敢へて違背せず。而して礼楽刑政は、先王是を以て天下を安んずるの道を尽くす。是れ所謂仁なり。後王君子も亦た唯先王の礼楽の教へに順ひて、以て仁人と為るを得るのみ。是れ聖人は学びて至るべからず、仁人は学びて能くすべし。孔子人に教ふるに仁を以てし、未だ嘗て聖と作るを以て之を強ひざるは、是が為の故なり。大氐後人の思孟程朱を信ずること先王孔子より過ぐ。何ぞ其れ謬れるや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る