弁道 / 第十二則
脩德有術。立其大者而小者自至焉。此孔門所以用力於仁也。去惡有術。學童牛之牿。如豶之牙。今人則欲一日而衆善傅諸身也。襲而取之。矜以持之。譬諸揠苗豈知油然以生之道乎。又欲一日而衆慝如澡也。抉而剔之。吹毛求疵。譬諸庸醫治疾。豈知標本之道乎。何况化之道乎。
新字:脩徳有術。立其大者而小者自至焉。此孔門所以用力於仁也。去悪有術。学童牛之牿。如豶之牙。今人則欲一日而衆善傅諸身也。襲而取之。矜以持之。譬諸揠苗豈知油然以生之道乎。又欲一日而衆慝如澡也。抉而剔之。吹毛求疵。譬諸庸医治疾。豈知標本之道乎。何況化之道乎。
書き下し
徳を脩むるに術有り。其の大なる者を立つれば小なる者自ら至る。此れ孔門の仁に力を用ふる所以なり。悪を去るに術有り。童牛の牿、豶の牙の如きに学ぶ。今人は則ち一日にして衆善諸を身に傅けんと欲するなり。襲ひて之を取り、矜りて以て之を持す。諸を苗を揠くに譬ふ、豈に油然として以て之を生ずるの道を知らんや。又た一日にして衆慝澡ふが如くならんと欲するなり。抉りて之を剔り、毛を吹きて疵を求む。諸を庸医の疾を治むるに譬ふ、豈に標本の道を知らんや。何ぞ況んや化するの道をや。
現代語訳
徳を修めるには方法がある。大きなものを立てれば小さなものはおのずとついてくる。これが孔子の門で仁に力を用いた理由である。悪を取り除くにも方法がある。『易』にいう、子牛の角に横木をつけて突くのを防ぎ、去勢した豚の牙を無害にするやり方に学ぶのである。今の人は一日でたくさんの善を身につけようとする。外から取ってきて身にまとい、誇って保とうとする。これは苗を引っぱって伸ばそうとするようなもので、どうして自然にむくむくと育つ道を知ろうか。また一日で多くの悪を洗い流したように消そうとする。えぐり出して削り取り、毛を吹き分けて傷を探す。これは藪医者が病を治すようなもので、どうして根本と末端の道を知ろうか。まして人を感化する道など知るはずもない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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