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弁道 / 第四則

如中庸曰率性之謂道。當是時。老氏之說興。貶聖人之道爲僞。故子思著書。以張吾儒。亦謂先王率人性而作爲是道也。非謂天地自然有是道也。亦非謂率人性之自然不假作爲也。譬如伐木作宮室。亦率木性以造之耳。雖然。宮室豈木之自然乎。大氏自然而然者。天地之道也。有所營爲運用者。人之性也。後儒不察。乃以天理自然爲道。豈不老莊之歸乎。

新字:如中庸曰率性之謂道。当是時。老氏之説興。貶聖人之道為偽。故子思著書。以張吾儒。亦謂先王率人性而作為是道也。非謂天地自然有是道也。亦非謂率人性之自然不仮作為也。譬如伐木作宮室。亦率木性以造之耳。雖然。宮室豈木之自然乎。大氏自然而然者。天地之道也。有所営為運用者。人之性也。後儒不察。乃以天理自然為道。豈不老荘之帰乎。

書き下し

中庸に「性に率ふ之を道と謂ふ」と曰ふが如きは、是の時に当たりて老氏の説興り、聖人の道を貶して偽と為す。故に子思書を著して以て吾が儒を張る。亦た先王人性に率ひて是の道を作為すと謂ふなり。天地自然に是の道有りと謂ふに非ざるなり。亦た人性の自然に率ひて作為を仮らずと謂ふに非ざるなり。譬へば木を伐りて宮室を作るが如し。亦た木性に率ひて以て之を造るのみ。然りと雖も、宮室豈に木の自然ならんや。大氐自然にして然る者は天地の道なり。営為運用する所有る者は人の性なり。後儒察せず、乃ち天理自然を以て道と為す。豈に老荘の帰ならずや。

現代語訳

『中庸』に「性に従うことを道という」とあるのは、当時老子の説が盛んになり、聖人の道を偽りだとけなしたので、子思が書を著して儒の立場を張ったのである。それも、先王が人の性に従ってこの道を作り上げたという意味であって、天地に自然にこの道があるという意味ではない。また人の性の自然に従えば作為はいらないという意味でもない。たとえば木を伐って家を建てるようなものである。木の性質に従って造りはするが、家が木の自然の姿であろうか。おおよそ、自然にそうなるのは天地の道であり、営み工夫して運用するのが人の性である。後世の儒者はこれを見分けず、天理の自然を道とした。これでは老荘に行き着くのではないか。

解説

後半は『中庸』の「性に率ふ之を道と謂ふ」の読み直しである。子思の言葉は老子の攻撃に対する反論であって、先王が人の性に従って道を作ったという意味だと徂徠は読む。木を伐って家を建てる喩えで、素材の性質を生かしても家そのものは人の作為の産物だと示す。自然にそうなるのは天地の道、工夫して運用するのが人の性だという区別は明快である。天理自然を道とする後儒は結局老荘と同じだと突く。制度は放っておけば育つものではなく、人の性質を踏まえて設計されるものだという示唆がある。

この章句が説くこと

作為中庸性自然老荘制度

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