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長短経 / 七雄略

〔荀悦曰、「古之建國或小或大者、監前之弊、變而通之也。夏、殷之時、葢不過百里、故諸侯微而天子强。桀、紂得肆其虐害、紂脯鄂侯而醢鬼侯、以文王之盛德、不免於羑里周承其弊、故建大國、方五百里、所以崇寵諸侯而自損也。至其末流、諸侯强大、更相侵伐、而周室卑微、禍難用作。秦承其弊、不能正其制以求其中、而遂廢諸侯、改為郡縣、以壹威權、以専天下、其意主以自為、非以為人也。故秦得擅海内之勢、無所拘忌、肆行奢淫、暴虐於天下、然十四年而滅矣。故人主失道、則天下遍被其害、百姓一亂、則魚爛土崩、莫之匡救。漢興、承周秦之弊、故雜而用之、然六王、七國之難者、誠失之於强大、非諸侯治國之咎。」〕

新字:〔荀悦曰、「古之建国或小或大者、監前之弊、変而通之也。夏、殷之時、葢不過百里、故諸侯微而天子強。桀、紂得肆其虐害、紂脯鄂侯而醢鬼侯、以文王之盛徳、不免於羑里周承其弊、故建大国、方五百里、所以崇寵諸侯而自損也。至其末流、諸侯強大、更相侵伐、而周室卑微、禍難用作。秦承其弊、不能正其制以求其中、而遂廃諸侯、改為郡県、以壱威権、以専天下、其意主以自為、非以為人也。故秦得擅海内之勢、無所拘忌、肆行奢淫、暴虐於天下、然十四年而滅矣。故人主失道、則天下遍被其害、百姓一乱、則魚爛土崩、莫之匡救。漢興、承周秦之弊、故雑而用之、然六王、七国之難者、誠失之於強大、非諸侯治国之咎。」〕

書き下し

〔荀悦曰く「古の国を建つるに或いは小、或いは大なる者は、前の弊を監みて、変じて之を通ずるなり。夏・殷の時は、蓋し百里に過ぎず。故に諸侯微にして天子強し。桀・紂は其の虐害を肆にするを得たり。紂は鄂侯を脯にして鬼侯を醢にし、文王の盛徳を以てするも、羑里を免れず。周は其の弊を承け、故に大国を建て、方五百里。諸侯を崇寵して自ら損する所以なり。其の末流に至りて、諸侯強大にして、更々相侵伐し、而して周室卑微にして、禍難用て作る。秦は其の弊を承け、其の制を正して以て其の中を求むること能わず、遂に諸侯を廃し、改めて郡県と為し、以て威権を壱にし、以て天下を専らにす。其の意は主として自ら為にし、以て人の為にするに非ざるなり。故に秦は海内の勢いを擅にするを得て、拘忌する所無く、肆に奢淫を行い、天下に暴虐す。然れども十四年にして滅ぶ。故に人主道を失えば、則ち天下遍く其の害を被り、百姓一たび乱るれば、則ち魚爛土崩し、之を匡救する莫し。漢興りて、周・秦の弊を承け、故に雑えて之を用う。然れども六王・七国の難は、誠に之を強大に失うにして、諸侯の国を治むるの咎に非ず」と。〕

現代語訳

〔荀悦は言う。「昔、国を建てるのに小さくしたり大きくしたりしたのは、前代の弊害を見て、変えて通じるようにしたからである。夏・殷の頃は諸侯の国はせいぜい百里四方で、だから諸侯は弱く天子は強かった。そのため桀や紂は思うままに暴虐をはたらけた。紂は鄂侯を干し肉にし鬼侯を塩漬けにし、文王ほどの徳があっても羑里に幽閉された。周はその弊害を受けて大国を建て、五百里四方とした。諸侯を重んじて自らの力を削ったのである。その末になると諸侯が強大になり、互いに侵し合い、周の王室は衰え、災いが起こった。秦はその弊害を受けたが、制度を正して中ほどを求めることができず、諸侯を廃して郡県とし、威権を一つに集め、天下を独占した。その意図は自分のためであって、人のためではなかった。だから秦は天下の勢いを独り占めにし、何もはばからず、贅沢の限りを尽くし、天下に暴虐をはたらいたが、十四年で滅んだ。君主が道を失えば天下のすべてがその害を受け、民がいったん乱れれば魚が腐るように土が崩れるように、誰も救えない。漢はおこると、周と秦の弊害を受けて両方を混ぜて用いた。それでも六王や七国の乱が起きたのは、諸侯を強大にしすぎたからであって、諸侯に国を治めさせたこと自体の罪ではない」。〕

解説

荀悦は、国の大きさの歴史を振り子として描きます。諸侯が小さすぎると天子の暴走を止められず、大きすぎると天子が侮られる。周は前者を嫌って後者に振れ、秦は後者を嫌って極端な集権に振れた。問題は制度そのものより、前の失敗を嫌うあまり反対の端まで振り切ることでした。漢は両方を混ぜたが、それでも配分を誤れば乱が起きる。中ほどを探し続けることが、制度設計の仕事なのです。

この章句が説くこと

七雄略荀悦中庸制度集権分権

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