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弁道 / 第一則

然當是時。去孟子未遠。風流尙存。名物不爽。及乎唐韓愈出。文章大變。自此而後。程朱諸公。雖豪傑之士。而不識古文辭。是以不能讀六經而知之。獨喜中庸孟子易讀也。遂以其與外人爭者言。爲聖人之道本然。又以今文視古文。而昧乎其物。物與名離。而後義理孤行。於是乎先王孔子敎法不可復見矣。近歲伊氏亦豪傑。頗窺其似焉者。然其以孟子解論語。以今文視古文。猶之程朱學耳。加之公然岐先王孔子之道而二之。黜六經而獨取論語。又未免和語視華言。我讀其所爲古義者。豈古哉。吁嗟。先王之道。降爲儒家者流。斯有荀孟。則復有朱陸。朱陸不巳。復樹一黨。益分益爭益繁益小。豈不悲乎。

新字:然当是時。去孟子未遠。風流尚存。名物不爽。及乎唐韓愈出。文章大変。自此而後。程朱諸公。雖豪傑之士。而不識古文辞。是以不能読六経而知之。独喜中庸孟子易読也。遂以其与外人争者言。為聖人之道本然。又以今文視古文。而昧乎其物。物与名離。而後義理孤行。於是乎先王孔子教法不可復見矣。近歳伊氏亦豪傑。頗窺其似焉者。然其以孟子解論語。以今文視古文。猶之程朱学耳。加之公然岐先王孔子之道而二之。黜六経而独取論語。又未免和語視華言。我読其所為古義者。豈古哉。吁嗟。先王之道。降為儒家者流。斯有荀孟。則復有朱陸。朱陸不巳。復樹一党。益分益争益繁益小。豈不悲乎。

書き下し

然れども是の時に当たりては、孟子を去ること未だ遠からず、風流尚ほ存し、名物爽はず。唐の韓愈出づるに及びて、文章大いに変ず。此れより而後、程朱の諸公は、豪傑の士なりと雖も、古文辞を識らず。是を以て六経を読みて之を知ること能はず。独り中庸・孟子の読み易きを喜ぶなり。遂に其の外人と争ふ者の言を以て、聖人の道の本然と為す。又た今文を以て古文を視て、其の物に昧し。物と名と離れて、而る後に義理孤行す。是に於てか先王孔子の教法復た見るべからず。近歳伊氏も亦た豪傑にして、頗る其の似たる者を窺ふ。然れども其の孟子を以て論語を解し、今文を以て古文を視るは、猶ほ程朱の学のごときのみ。加之、公然と先王孔子の道を岐ちて之を二にし、六経を黜けて独り論語を取る。又た和語を以て華言を視るを免れず。我其の所謂古義なる者を読むに、豈に古ならんや。吁嗟、先王の道、降りて儒家者流と為り、斯に荀孟有れば、則ち復た朱陸有り。朱陸已まずして、復た一党を樹つ。益〻分かれ益〻争ひ、益〻繁く益〻小なり。豈に悲しからずや。

現代語訳

しかし(荀子の)当時はまだ孟子から遠くなく、古い気風が残り、物とその名がずれていなかった。唐の韓愈が出ると文章のあり方が大きく変わった。それ以後、程頤・朱熹らの諸公は傑出した人物ではあったが、古文辞(古代の文章語)を知らなかった。そのため六経を読んで理解することができず、ただ『中庸』『孟子』が読みやすいのを好んだ。そしてついに、外の学派と論争するための言葉を、聖人の道の本来の姿だと思い込んだ。また後世の文章の感覚で古代の文章を読み、そこに語られている物事が分からなかった。物と名が離れ、そのあとは義理(観念の理屈)だけがひとり歩きした。こうして先王・孔子の教えの方法は二度と見えなくなった。近年の伊藤氏(仁斎)も傑出した人で、ある程度はそれらしいところを窺っている。しかし孟子によって『論語』を解し、後世の文で古文を読むのは、程朱の学と変わらない。そのうえ公然と先王の道と孔子の道を分けて二つにし、六経を退けて『論語』だけを取った。さらに日本語の感覚で中国語を読む弊も免れていない。私はその「古義」と称するものを読んだが、どこが古であろうか。ああ、先王の道は格下げされて儒家の一派となり、荀子・孟子が現れると、また朱熹・陸九淵が現れた。朱陸の争いがやまないうちに、さらに一党が立つ。ますます分かれ、ますます争い、ますます煩雑に、ますます小さくなる。なんと悲しいことではないか。

解説

ここで徂徠は、道が見えなくなった経緯を言葉の歴史として描く。唐の韓愈以後に文章が変わり、程朱は古代の言葉を知らないまま後世の感覚で六経を読んだため、物と名が離れて理屈だけが独り歩きしたという。返す刀で伊藤仁斎の古義学も、孟子で『論語』を読み、和語の感覚で漢文を読む点で程朱と同じだと退ける。学派が分かれるほど議論は細かく小さくなるという嘆きは、社内の派閥や部門の対立が本来の目的を見失わせていく構図とよく似ている。

この章句が説くこと

古文辞六経朱子学仁斎学問名と物

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