万民徳用 / 農人日用・答後半
去れは此の身を一筋に天道に任せ奉り、かりにも身のためをおもはずして、正しく天道の奉公に農業をなし、五穀を作出して、佛陀神明を祭り、萬民の命をたすけ、虫類等に至る迄施すべしと大誓願をなして、一鍬一鍬に南無阿彌陀佛なむあみた佛と唱へ、一鎌一鎌に住して、他念なく農業をなさんには、田畑も清淨の地となり、五穀も清淨食と成りて、食する人、煩惱を消滅するの藥なるへし。天道此の人を守護したまはざらんや。若し貪欲の心に住して、一大事を忘れて農業をなさしめは、田畑も不淨地となり、作出す五穀も不淨食たるへし。善惡共にかならず本にむくふの理を能くしるべし。三毒の心を恣にする人には、天道の加護なくして、念佛信心有りて、念々怠らす、勇猛堅固の心に住せざる則は、福消えて災難來る、萬人にいやしめられ、現世の苦患隙なくして、未來永劫、惡道に墮在せん事、何ぞ恐れざらんや。夫れ人間の一生涯は、夢の中の夢なり。樂身にあまるとも、樂はつべきにあらず。偏に一大事の理を知て、後世菩提に思ひ入り、勇猛の念佛間斷なく、一念の中に農業をなさは、覺ゑす誠の心極つて、離相離名の德そなはり、大解脫大自在の人と成りて、盡未來際、極樂淨土の快樂を受くべき事、是れをよろこばざらんや。信得せよ信得せよ。
新字:去れは此の身を一筋に天道に任せ奉り、かりにも身のためをおもはずして、正しく天道の奉公に農業をなし、五穀を作出して、仏陀神明を祭り、万民の命をたすけ、虫類等に至る迄施すべしと大誓願をなして、一鍬一鍬に南無阿弥陀仏なむあみた仏と唱へ、一鎌一鎌に住して、他念なく農業をなさんには、田畑も清浄の地となり、五穀も清浄食と成りて、食する人、煩悩を消滅するの薬なるへし。天道此の人を守護したまはざらんや。若し貪欲の心に住して、一大事を忘れて農業をなさしめは、田畑も不浄地となり、作出す五穀も不浄食たるへし。善悪共にかならず本にむくふの理を能くしるべし。三毒の心を恣にする人には、天道の加護なくして、念仏信心有りて、念々怠らす、勇猛堅固の心に住せざる則は、福消えて災難来る、万人にいやしめられ、現世の苦患隙なくして、未来永劫、悪道に堕在せん事、何ぞ恐れざらんや。夫れ人間の一生涯は、夢の中の夢なり。楽身にあまるとも、楽はつべきにあらず。偏に一大事の理を知て、後世菩提に思ひ入り、勇猛の念仏間断なく、一念の中に農業をなさは、覚ゑす誠の心極つて、離相離名の徳そなはり、大解脱大自在の人と成りて、尽未来際、極楽浄土の快楽を受くべき事、是れをよろこばざらんや。信得せよ信得せよ。
書き下し
去れは此の身を一筋に天道に任せ奉り、かりにも身のためをおもはずして、正しく天道の奉公に農業をなし、五穀を作出して、仏陀神明を祭り、万民の命をたすけ、虫類等に至る迄施すべしと大誓願をなして、一鍬一鍬に南無阿弥陀仏なむあみた仏と唱へ、一鎌一鎌に住して、他念なく農業をなさんには、田畑も清浄の地となり、五穀も清浄食と成りて、食する人、煩悩を消滅するの薬なるへし。天道此の人を守護したまはざらんや。若し貪欲の心に住して、一大事を忘れて農業をなさしめは、田畑も不浄地となり、作出す五穀も不浄食たるへし。善悪共にかならず本にむくふの理を能くしるべし。三毒の心を恣にする人には、天道の加護なくして、念仏信心有りて、念々怠らす、勇猛堅固の心に住せざる則は、福消えて災難来る、万人にいやしめられ、現世の苦患隙なくして、未来永劫、悪道に堕在せん事、何ぞ恐れざらんや。夫れ人間の一生涯は、夢の中の夢なり。楽身にあまるとも、楽はつべきにあらず。偏に一大事の理を知て、後世菩提に思ひ入り、勇猛の念仏間断なく、一念の中に農業をなさは、覚ゑす誠の心極つて、離相離名の徳そなはり、大解脱大自在の人と成りて、尽未来際、極楽浄土の快楽を受くべき事、是れをよろこばざらんや。信得せよ信得せよ。
現代語訳
だからこの身をひとすじに天道に任せ、かりにも自分のためを思わず、まっすぐに天道への奉公として農業をなし、五穀を作り出して、仏や神々を祭り、万民の命を助け、虫類に至るまで施そうと大誓願を立てて、一鍬一鍬に南無阿弥陀仏と唱え、一鎌一鎌に心を留めて、他の念なく農業をするならば、田畑も清浄な地となり、五穀も清浄な食となって、食べる人の煩悩を消滅させる薬となるだろう。天道がこの人を守護しないことがあろうか。もし貪欲の心に住して、一大事を忘れて農業をするならば、田畑も不浄な地となり、作り出す五穀も不浄な食となるだろう。善悪ともに必ず根本に報いが返る理をよく知りなさい。三毒の心をほしいままにする人には、天道の加護がなく、念仏と信心があって、念々怠らず、勇猛堅固の心に住さなければ、福は消えて災難が来る。万人に賤しめられ、現世での苦しみは暇なく、未来永劫、悪道に落ちることを、どうして恐れないでいられよう。そもそも人間の一生は、夢の中の夢である。楽が身に余るほどあっても、楽しみ尽くせるものではない。ひとえに一大事の理を知って、後世の菩提に思いを入れ、勇猛な念仏を絶え間なく唱え、一念の中で農業をするならば、知らぬ間に誠の心が極まって、相も名も離れる徳が備わり、大解脱大自在の人となって、未来永遠に極楽浄土の快楽を受けるだろう。このことを喜ばないでいられようか。信じきりなさい、信じきりなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『初学訓』巻之一一天につかへておこたらずとは、人となる者、只朝夕天道の眼前にありて遠からざることを思ひ、つねに天道を畏れ敬ひてあなどらず、かりにも天道をそむき無道のことをなすべからず。天道にしたがひてそむかず、わが身をへりくだりて、人をあなどりほこらず、欲をこらへてほしいままにせず、天地の生みていつくしみ給ふ人倫をあつくあはれみて、あなどらずそこなはず。天地の、人のためにつくり出し給ふ五穀と万のたからを、わが一人の欲のためにみだりにつひやさず。次に、鳥獣虫魚の生ける物をみだりにころさず、草木をも時ならずしてみだりに伐らず。是皆天地のうみ出しやしなひて、いつくしみ給ふ物なれば、これをあはれみ養ふは、天地の御心に従ひて背かざるわざなり。
-
『翁問答』上卷之末師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、
-
『呻吟語』内篇・問學・胸中獨り得たる中正の道理學問の大要は、須らく天道・人情・物理・世故を把りて識得すること透徹し、卻って胸中獨り得たる中正底の道理を以て之を消息すべし。
-
『慎思録』巻之四陽過ぐれば則ち大旱と為り、陰過ぐれば則ち霪雨と為る。或いは大風洪水、山崩れ川決し、海溢れ地震ひ、疾疫蟲蝗、種種の災害は、皆是れ陰陽闔闢の大過不及なり。是れ天道は無心にして、陰陽に変有る所以なり。天道の至理は、本自ら善にして悪無し。之を善と謂ふ者は生生覆育の謂なり。然れども陰陽の変易は、雑糅して究まり無く、動静常無し。是を以て災害時有りて生ず。是れ天理の正に非ずと雖も、然れども是れも亦た天理の中に無きこと能はざる者にして、自然の理なり。故に程子曰く、善悪皆天理なり、と。又曰く、善は固より性なり。然れども悪も亦た之を性と謂はざるべからず、と。深く此の意を得たりと謂ふべし。
-
孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
-
『初学訓』巻之三一天道は、人の善に福し、悪に禍し給ふ。是人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、寿夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、気を禀くること厚薄あり。厚き気をうけたる人は富貴にして福あり。薄き気をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き気をうけたるは寿く、短き気をうけたるは夭し。天の陰陽の気をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る