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万民徳用 / 武士日用・答その一後半

如此通徹して用得るを、大丈夫の漢と云ひ、鐵心肝と云ひ、達道人ともいふ。此の人萬念に碍へられす、萬事を遣得て大自在なり。然る間、佛道修行の人は、先つ勇猛の心なくして叶ひ難し、怯弱の心を以て佛道に入る事有るべからず。堅く守り强く修せずは、彼の煩惱に隨て苦患を受くべし。堅固の心を以て萬事に勝つを、道者とし、着相の念にして、萬事に負て苦惱するを、凡夫とす。去れば煩惱心を以て血氣の勇を勵す人、一旦鐵壁を破る威勢ありといへとも、血氣終に盡きて變ずる時節あり。丈夫の心は、不動にして變ずる事なし。武士なる人、是れを修して何ぞ丈夫の心に至らさらんや。煩惱心を以て武勇樊噲を撽く人も、臨命終に至て、無常の殺鬼責め來らん時、日來の威勢盡き果て、勇猛の心も失せて力を出す事あたはず、眼をひらかんとするに、いろみえず耳かすかにて、舌すくみ物いふ事叶はす。心中には殺鬼責め入て、心肝五臟を破らんには、出息入息せきつめて、三百六十の骨節、八萬四千の毫竅に通徹して、苦患强に隨て、無常の殺鬼に向て臆病をあらはし、死出の山の大難堪えがたく、三途の川におぼれて、閻魔の廳庭に恥を曝し、永く三惡四趣に墮在して、世々生々、恥をさらすべき事、自と云ひ他と云ひ、遁れかたかるべし。此の恥は、浮世の人しらざれは、苦しからすといはんや。夢幻なる人間の中の恥をたに疎に思ふは更になし、况や未來永劫の恥においてをや。此の理をしらざるを、理をしる人といはんや、義有る人となさんや。さりとては兼て思ひしり給ふべし。理をしる人ならは、是れを恐るべし。義有る人ならは、勇猛堅固の心劔を以て生死の敵を截斷して、泰平に住すべし。

新字:如此通徹して用得るを、大丈夫の漢と云ひ、鉄心肝と云ひ、達道人ともいふ。此の人万念に碍へられす、万事を遣得て大自在なり。然る間、仏道修行の人は、先つ勇猛の心なくして叶ひ難し、怯弱の心を以て仏道に入る事有るべからず。堅く守り強く修せずは、彼の煩悩に随て苦患を受くべし。堅固の心を以て万事に勝つを、道者とし、着相の念にして、万事に負て苦悩するを、凡夫とす。去れば煩悩心を以て血気の勇を励す人、一旦鉄壁を破る威勢ありといへとも、血気終に尽きて変ずる時節あり。丈夫の心は、不動にして変ずる事なし。武士なる人、是れを修して何ぞ丈夫の心に至らさらんや。煩悩心を以て武勇樊噲を撽く人も、臨命終に至て、無常の殺鬼責め来らん時、日来の威勢尽き果て、勇猛の心も失せて力を出す事あたはず、眼をひらかんとするに、いろみえず耳かすかにて、舌すくみ物いふ事叶はす。心中には殺鬼責め入て、心肝五臓を破らんには、出息入息せきつめて、三百六十の骨節、八万四千の毫竅に通徹して、苦患強に随て、無常の殺鬼に向て臆病をあらはし、死出の山の大難堪えがたく、三途の川におぼれて、閻魔の庁庭に恥を曝し、永く三悪四趣に堕在して、世々生々、恥をさらすべき事、自と云ひ他と云ひ、遁れかたかるべし。此の恥は、浮世の人しらざれは、苦しからすといはんや。夢幻なる人間の中の恥をたに疎に思ふは更になし、況や未来永劫の恥においてをや。此の理をしらざるを、理をしる人といはんや、義有る人となさんや。さりとては兼て思ひしり給ふべし。理をしる人ならは、是れを恐るべし。義有る人ならは、勇猛堅固の心剣を以て生死の敵を截断して、泰平に住すべし。

書き下し

如此通徹して用得るを、大丈夫の漢と云ひ、鉄心肝と云ひ、達道人ともいふ。此の人万念に碍へられす、万事を遣得て大自在なり。然る間、仏道修行の人は、先つ勇猛の心なくして叶ひ難し、怯弱の心を以て仏道に入る事有るべからず。堅く守り強く修せずは、彼の煩悩に随て苦患を受くべし。堅固の心を以て万事に勝つを、道者とし、着相の念にして、万事に負て苦悩するを、凡夫とす。去れば煩悩心を以て血気の勇を励す人、一旦鉄壁を破る威勢ありといへとも、血気終に尽きて変ずる時節あり。丈夫の心は、不動にして変ずる事なし。武士なる人、是れを修して何ぞ丈夫の心に至らさらんや。煩悩心を以て武勇樊噲を撽く人も、臨命終に至て、無常の殺鬼責め来らん時、日来の威勢尽き果て、勇猛の心も失せて力を出す事あたはず、眼をひらかんとするに、いろみえず耳かすかにて、舌すくみ物いふ事叶はす。心中には殺鬼責め入て、心肝五臓を破らんには、出息入息せきつめて、三百六十の骨節、八万四千の毫竅に通徹して、苦患強に随て、無常の殺鬼に向て臆病をあらはし、死出の山の大難堪えがたく、三途の川におぼれて、閻魔の庁庭に恥を曝し、永く三悪四趣に堕在して、世々生々、恥をさらすべき事、自と云ひ他と云ひ、遁れかたかるべし。此の恥は、浮世の人しらざれは、苦しからすといはんや。夢幻なる人間の中の恥をたに疎に思ふは更になし、況や未来永劫の恥においてをや。此の理をしらざるを、理をしる人といはんや、義有る人となさんや。さりとては兼て思ひしり給ふべし。理をしる人ならは、是れを恐るべし。義有る人ならは、勇猛堅固の心剣を以て生死の敵を截断して、泰平に住すべし。

現代語訳

このように徹底して用いこなす人を、大丈夫の漢といい、鉄心肝といい、道に達した人ともいう。この人はあらゆる念に妨げられず、あらゆる事を思いのままに行い、大自在である。それゆえ、仏道修行の人は、まず勇猛の心がなくてはかなわず、臆病な心で仏道に入ることはあり得ない。堅く守り強く修めなければ、あの煩悩に従って苦しみを受けるだろう。堅固の心で万事に勝つのを道者とし、形に執着する念で万事に負けて苦しむのを凡夫とする。だから、煩悩の心で血気の勇を奮う人は、一時は鉄の壁を破る勢いがあっても、血気がついには尽きて変わる時が来る。丈夫の心は動かず、変わることがない。武士なる人は、これを修めて、なぜ丈夫の心に至らないことがあろうか。煩悩の心で樊噲をも撃つほどの武勇を示す人でも、命の終わりに臨んで、無常の殺鬼が責め寄せてくるとき、日ごろの威勢は尽き果て、勇猛の心も失せて力を出すことができない。目を開こうとしても色が見えず、耳はかすかになり、舌はすくんで物を言うことができない。心の中には殺鬼が攻め入って、心や肝や五臓を破ろうとし、息を出し入れするのも詰まって、三百六十の骨節、八万四千の毛穴にまで通じ、苦しみは強く迫り、無常の殺鬼に対して臆病をさらし、死出の山の大難に堪えがたく、三途の川におぼれ、閻魔の庁で恥をさらし、永く三悪四趣に落ちて、世々生々に恥をさらすことは、自分にとっても他人にとっても逃れがたいだろう。この恥は、浮世の人が知らないから苦しくないと言うのか。夢幻のような人間の中での恥でさえ軽く思わないのに、まして未来永劫の恥についてはなおさらである。この道理を知らない者を、理を知る人と言えようか、義のある人と言えようか。だからこそ、前もってよく心得ておきなさい。理を知る人ならば、これを恐れるべきだ。義のある人ならば、勇猛で堅固な心の剣で生死の敵を断ち切って、泰平に住むべきである。

解説

前節を受け、勇猛の心がなければ仏道に入れないと説きます。正三が否定するのは、煩悩に駆られた一時的な血気の勇です。そうした勇は、死に際して無常の殺鬼が迫れば、あっけなく崩れると描き、地獄での恥まで持ち出して武士の名誉意識に訴えます。武士にとって最大の恐れは恥でした。その恥を来世にまで広げ、本当の勇気を堅固な不動の心に置き直しています。現代でも、勢いや威勢で動く人は、状況が変わると折れやすいという教訓に読めます。

この章句が説くこと

勇猛血気の勇大丈夫無常の殺鬼恥心剣

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