万民徳用 / 武士日用・問その二
問ふて云はく、佛道修行の趣、理をしり義行ひて、正直の旨を得る事、尤も至極なり。此の上には正直の道を修すべき心遣を微細に示し給へ。
新字:問ふて云はく、仏道修行の趣、理をしり義行ひて、正直の旨を得る事、尤も至極なり。此の上には正直の道を修すべき心遣を微細に示し給へ。
書き下し
問ふて云はく、仏道修行の趣、理をしり義行ひて、正直の旨を得る事、尤も至極なり。此の上には正直の道を修すべき心遣を微細に示し給へ。
現代語訳
問うて言う。仏道修行の趣旨、すなわち理を知り、義を行って、正直の旨を得ることは、まことにもっともです。そのうえで、正直の道を修めるべき心の使い方を、細かく教えてください。
解説
武士の二つ目の問いです。理と義と正直の大枠は理解できた、では日々の心遣いを具体的に示してほしい、と求めています。抽象的な教えを聞いたあとに、実践の細部を尋ねるこの流れは、研修を受けた後に現場で何をすればよいかを問う受講者の姿に重なります。正三は次の答えで、勇猛の心と沈む心を十七項目ずつ挙げるという、きわめて具体的な一覧で応えます。理念から行動へ橋を架けることを重んじた書だと分かります。
この章句が説くこと
武士修行心遣い正直理と義具体
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万民徳用・武士日用・答その一後半如此通徹して用得るを、大丈夫の漢と云ひ、鉄心肝と云ひ、達道人ともいふ。此の人万念に碍へられす、万事を遣得て大自在なり。然る間、仏道修行の人は、先つ勇猛の心なくして叶ひ難し、怯弱の心を以て仏道に入る事有るべからず。堅く守り強く修せずは、彼の煩悩に随て苦患を受くべし。堅固の心を以て万事に勝つを、道者とし、着相の念にして、万事に負て苦悩するを、凡夫とす。去れば煩悩心を以て血気の勇を励す人、一旦鉄壁を破る威勢ありといへとも、血気終に尽きて変ずる時節あり。丈夫の心は、不動にして変ずる事なし。武士なる人、是れを修して何ぞ丈夫の心に至らさらんや。煩悩心を以て武勇樊噲を撽く人も、臨命終に至て、無常の殺鬼責め来らん時、日来の威勢尽き果て、勇猛の心も失せて力を出す事あたはず、眼をひらかんとするに、いろみえず耳かすかにて、舌すくみ物いふ事叶はす。心中には殺鬼責め入て、心肝五臓を破らんには、出息入息せきつめて、三百六十の骨節、八万四千の毫竅に通徹して、苦患強に随て、無常の殺鬼に向て臆病をあらはし、死出の山の大難堪えがたく、三途の川におぼれて、閻魔の庁庭に恥を曝し、永く三悪四趣に堕在して、世々生々、恥をさらすべき事、自と云ひ他と云ひ、遁れかたかるべし。此の恥は、浮世の人しらざれは、苦しからすといはんや。夢幻なる人間の中の恥をたに疎に思ふは更になし、況や未来永劫の恥においてをや。此の理をしらざるを、理をしる人といはんや、義有る人となさんや。さりとては兼て思ひしり給ふべし。理をしる人ならは、是れを恐るべし。義有る人ならは、勇猛堅固の心剣を以て生死の敵を截断して、泰平に住すべし。
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