晏子春秋 / 外篇下・晏子死,景公哭之,稱:莫復陳告吾過/晏子沒,左右諛,弦章諫,景公賜之魚
晏子死,景公操玉加于晏子屍上而哭之,涕沾襟,章子諫曰:「非禮也。」公曰:「安用禮乎!昔者吾與夫子游于公阜之上,一日而三不聽寡人,今其孰能然乎!吾失夫子則亡,何禮之有?」免而哭,哀盡而去。晏子沒十有七年,景公飲諸大夫酒。公射出質,堂上唱善,若出一口。公作色太息,播弓矢。弦章入,公曰:「章,自吾失晏子,於今十有七年,未嘗聞吾不善。今射出質,而唱善者,若出一口。」弦章對曰:「此諸臣之不肖也。知不足以知君之不善,勇不足以犯君之顏色。然而有一焉。臣聞之,君好之則臣服之;君嗜之,則臣食之。夫尺蠖食黃則其身黃,食蒼則其身蒼,君其猶有諂人言乎?」公曰,「善。今日之言,章為君,我為臣。」是時海人入魚,公以五十乘賜弦章。
新字:晏子死,景公操玉加于晏子屍上而哭之,涕沾襟,章子諫曰:「非礼也。」公曰:「安用礼乎!昔者吾与夫子游于公阜之上,一日而三不聴寡人,今其孰能然乎!吾失夫子則亡,何礼之有?」免而哭,哀尽而去。晏子没十有七年,景公飲諸大夫酒。公射出質,堂上唱善,若出一口。公作色太息,播弓矢。弦章入,公曰:「章,自吾失晏子,於今十有七年,未嘗聞吾不善。今射出質,而唱善者,若出一口。」弦章対曰:「此諸臣之不肖也。知不足以知君之不善,勇不足以犯君之顔色。然而有一焉。臣聞之,君好之則臣服之;君嗜之,則臣食之。夫尺蠖食黄則其身黄,食蒼則其身蒼,君其猶有諂人言乎?」公曰,「善。今日之言,章為君,我為臣。」是時海人入魚,公以五十乗賜弦章。
書き下し
晏子死し、景公玉を操りて晏子の屍の上に加えて之を哭し、涕襟を沾す。章子諫めて曰く、「礼に非ざるなり」と。公曰く、「安んぞ礼を用いんや。昔者吾夫子と公阜の上に游び、一日にして三たび寡人に聴かれず。今其れ孰か能く然らんや。吾夫子を失えば則ち亡ぶ、何の礼か之れ有らん」と。免して哭し、哀しみ尽きて去る。晏子没して十有七年、景公諸大夫に酒を飲ましむ。公射て質を出で、堂上に善を唱うること、一口より出づるが若し。公色を作して太息し、弓矢を播つ。弦章入る。公曰く、「章よ、吾晏子を失いてより、今に於いて十有七年、未だ嘗て吾が不善を聞かず。今射て質を出づるに、善を唱うる者、一口より出づるが若し」と。弦章対えて曰く、「此れ諸臣の不肖なればなり。知は以て君の不善を知るに足らず、勇は以て君の顔色を犯すに足らず。然れども一有り。臣之を聞く、君之を好めば則ち臣之を服し、君之を嗜めば則ち臣之を食らうと。夫れ尺蠖は黄を食らえば則ち其の身黄に、蒼を食らえば則ち其の身蒼し。君其れ猶お諂人の言有るか」と。公曰く、「善し。今日の言、章は君たり、我は臣たり」と。是の時海人魚を入る。公五十乗を以て弦章に賜う。
現代語訳
晏子が死ぬと、景公は玉を手に取って晏子の屍の上に置いて泣き、涙が襟を濡らしました。章子が諫めて言いました。「礼にかなっておりません」。公は言いました。「どうして礼など用いるものか。昔、私は先生と公阜の上に遊んだとき、一日のうちに三度、私の言うことを聞き入れられなかった。今、誰がそのようにしてくれるだろうか。私は先生を失い、滅びるのだ。礼などあるものか」。冠を脱いで泣き、悲しみが尽きて去りました。晏子が亡くなって十七年、景公は大夫たちに酒を飲ませました。公が矢を射て的を外すと、堂上の者は善しと唱え、まるで一つの口から出たようでした。公は顔色を変えて嘆息し、弓矢を投げ捨てました。弦章が入ってきました。公は言いました。「章よ、私が晏子を失ってから十七年、私の不善を聞いたことがない。今、矢を射て的を外したのに、善しと唱える者がいて、一つの口から出たようだった」。弦章は答えました。「それは諸臣が不肖だからです。知恵は君の不善を知るに足りず、勇気は君の顔色を犯すに足りません。けれども一つ申します。私はこう聞いています。君が好むものを臣は身にまとい、君が嗜むものを臣は食べる、と。尺蠖は黄を食べればその身が黄に、蒼を食べればその身が蒼になります。君にも、へつらう者の言葉がおありなのでしょう」。公は言いました。「よい。今日の言葉では、章が君で、私が臣だ」。このとき海辺の人が魚を献上しました。公は五十乗の車分をもって弦章に賜りました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公十五年 韓原の戦い壬戌、韓原に戰ふ。晉の戎馬濘に還りて止まる。公慶鄭を號ぶ。慶鄭曰く、「諫に愎り卜に違ふ、固より敗を是れ求む、又何ぞ逃れん」と。遂に之を去る。梁由靡韓簡を御し、虢射右と為り、秦伯を輅へ、將に之を止めんとす。鄭公を救ふを以て之を誤らしめ、遂に秦伯を失ふ。秦晉侯を獲て以て歸る。晉の大夫首を反し舍を拔きて、之に從ふ。秦伯使ひして辭せしめて曰く、「二三子何ぞ其れ慼へるや。寡人の君に從ひて西するや、亦た晉の妖夢を是れ踐むのみ、豈に敢へて以て至らんや」と。晉の大夫三拜稽首して曰く、「君は后土を履みて皇天を戴く。皇天后土、實に君の言を聞く、群臣敢へて下風に在らん」と。穆姬晉侯の將に至らんとするを聞き、大子罃・弘と女簡・璧とを以て、臺に登りて薪を履む。免服衰絰を以て逆へしめ、且つ告げしめて曰く、「上天災を降し、我が兩君をして玉帛を以て相見えずして、戎を興すを以てせしむ。若し晉君朝に以て入らば、則ち婢子夕べに以て死せん。夕べに以て入らば、則ち朝に以て死せん。唯だ君之を裁け」と。乃ち諸を靈臺に舍らしむ。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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史記 宋微子世家微子開は、殷の帝乙の首子にして帝紂の庶兄なり。紂既に立ち、明らかならず、政に淫乱す。微子数々諫むるも、紂聴かず。祖伊周の西伯昌の徳を修め、黎国を滅ぼすを以て、禍の至らんことを懼れ、以て紂に告ぐるに及ぶ。紂曰く、「我が生は命天に在る有らずや。是れ何をか能く為さん」と。是に於て微子、紂の終に諫むべからざるを度り、之に死せんと欲し、及び去らんとするも、未だ自ら決すること能はず。乃ち太師・少師に問ひて曰く、「殷は治政有らず、四方を治めず。我が祖遂に上に陳ぶ。紂酒に沈湎し、婦人是れ用ひ、湯の徳を下に乱敗す。殷既に小大好んで草窃姦宄し、卿士師師度に非ず、皆罪辜有り、乃ち維れ獲ること无し。小民乃ち并び興り、相敵讎と為る。今殷其れ典喪へり。水を渉るに津涯无きが若し。殷遂に喪ひ、越に今に至る」と。曰く、「太師、少師、我其れ発して出で往かんか。吾が家喪に保たんか。今女故无くして予に告ぐ。顛躋(てんせい)せば、之を如何せん」と。太師若(かく)のごとく曰く、「王子、天篤く菑(わざはひ)を下して殷国を亡ぼす。乃ち畏るべきを畏れず、老長を用ひず。今殷の民乃ち神祇の祀を陋淫す。今誠に国を治むるを得ば、国治まりて身死すとも恨みず。死を為して、終に治むるを得ずんば、去るに如かず」と。遂に亡ぐ。箕子は、紂の親戚なり。紂始めて象箸を為る。箕子嘆じて曰く、「彼象箸を為らば、必ず玉桮を為らん。桮を為らば、則ち必ず遠方の珍怪の物を思ひて之を御せん。輿馬宮室の漸、此より始まり、振ふべからず」と。紂淫泆を為す。箕子諫むるも、聴かず。人或いは曰く、「以て去るべし」と。箕子曰く、「人臣為りて諫めて聴かれずして去るは、是れ君の悪を彰らかにして自ら民に説(よろこ)ばるるなり。吾為すに忍びざるなり」と。乃ち髪を被り詳狂して奴と為る。遂に隠れて琴を鼓きて以て自ら悲しむ。故に之を伝へて箕子操と曰ふ。王子比干は、亦た紂の親戚なり。
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史記 季布欒布列伝中郎将と為る。単于嘗て書を為りて呂后を嫚り、不遜なり、呂后大いに怒り、諸将を召して之を議す。上将軍樊噲曰く「臣願はくは十万の衆を得て、匈奴の中に横行せん」と。諸将皆呂后の意に阿り、「然り」と曰ふ。季布曰く「樊噲斬るべきなり。夫れ高帝兵四十余万の衆を将ゐて、平城に困しむ、今噲柰何ぞ十万の衆を以て匈奴の中に横行せんとするは、面欺なり。且つ秦胡に事とするを以て、陳勝等起こる。今に于て創痍未だ瘳えず、噲又面諛し、天下を揺動せんと欲す」と。是の時殿上皆恐れ、太后朝を罷め、遂に復た匈奴を撃つ事を議せず。
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史記 楽書上は朝廷より、下は人民に至るまで、以て歓喜を接し、殷勤を合するを得、此の和説に非ずんば通ぜず、解沢流れず、亦各々一世の化、時を度るの楽なり、何ぞ必ずしも華山の騄耳にして而る後に遠きを行かんや」と。二世之を然りとす。高祖、沛を過りて三侯の章を詩し、小児をして之を歌はしむ。高祖崩じ、沛をして四時に宗廟に歌舞するを得しむ。孝恵・孝文・孝景は増更する所無く、楽府に於いて常を習ひ旧を肄ふのみ。今上即位するに至り、十九章を作り、侍中李延年をして其の声を次序せしめ、拝して協律都尉と為す。一経に通ずるの士も独り其の辞を知る能はず、皆五経の家を集会し、相与に共に講習して之を読み、乃ち能く其の意を通知す、多く爾雅の文なり。漢家常に正月上辛を以て太一を甘泉に祠り、昏時を以て夜祠り、明に到りて終はる。常に流星の祠壇の上を経る有り。僮男僮女七十人をして俱に歌はしむ。春は青陽を歌ひ、夏は朱明を歌ひ、秋は西暤を歌ひ、冬は玄冥を歌ふ。世に多く有り、故に論ぜず。又嘗て神馬を渥洼の水中に得て、復た次して以て太一の歌と為す。歌曲に曰く、「太一貢ぎて天馬下る、赤汗に霑ひて沫赭を流す。騁せて容与として万里を跇ゆ、今安んぞ匹せん、龍を友と為す」と。後に大宛を伐ちて千里の馬を得、馬の名は蒲梢、次して作りて以て歌と為す。歌詩に曰く、「天馬来たる、西極よりす。万里を経て有徳に帰す。霊威を承けて外国を降し、流沙を渉りて四夷服す」と。中尉汲黯進みて曰く、「凡そ王者の楽を作るは、上は以て祖宗を承け、下は以て兆民を化す。今陛下馬を得て、詩して以て歌と為し、宗廟に協す、先帝百姓豈に能く其の音を知らんや」と。上黙然として説ばず。丞相公孫弘曰く、「黯は聖制を誹謗す、当に族すべし」と。凡そ音の起こるは、人心より生ずるなり。人心の動くは、物之をして然らしむるなり。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又喩ヘテ云ハ。賢君明主ハ忠臣ヲ信任シ。諫言ヲ用ル如クシヤ。漢ノ高祖カ諫ニ従フコト流ノ如ク。唐ノ太宗ノ魏徴カ苦諫ノ言ヲ用ヒアリシ類。ソノ如ク。正法ノ因縁アル者ハ必ス不邪見戒ニ随順スルシヤ。此ニ反シテ宿福ナキ者ハ。智者モ愚者モ。学者モ不学者モ仏アルコトヲ信セヌ。法アルコトヲ信セヌ。聖賢アルコトヲ信セヌ。神祇有コトヲ信セヌ。善悪報応有コトヲ信セヌシヤ。
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