晏子春秋 / 外篇上・景公台成盆成適願合葬其母晏子諫而許
景公宿于路寢之宮,夜分,聞西方有男子哭者,公悲之。明日朝,問于晏子曰:「寡人夜者,聞西方有男子哭者,聲甚哀,氣甚悲,是奚為者也,寡人哀之。」晏子對曰:「西郭徒居布衣之士,盆成適也,父之孝子,兄之順弟也,又嘗為孔子門人,今其母不幸而死,祔柩未葬,家貧身老子孺,恐力不能合祔,是以悲也。」公曰:「子為寡人吊之,因問其偏祔何所在。」晏子奉命往吊,而問偏祔之所在。盆成適再拜,稽首而不起,曰:「偏祔寄于路寢,得為地下之臣擁劄摻筆,給事宮殿中右陛之下,願以某日送,未得君之意也。窮困無以圖之,布唇枯舌,焦心熱中。今君不辱而臨之,願君圖之。」晏子曰:「然。此人之甚重者也,而恐君不許也。」盆成適蹶然曰:「凡在君耳。且臣聞之,越王好勇,其民輕死;楚靈王好細腰,其朝多餓死人。
新字:景公宿于路寝之宮,夜分,聞西方有男子哭者,公悲之。明日朝,問于晏子曰:「寡人夜者,聞西方有男子哭者,声甚哀,気甚悲,是奚為者也,寡人哀之。」晏子対曰:「西郭徒居布衣之士,盆成適也,父之孝子,兄之順弟也,又嘗為孔子門人,今其母不幸而死,祔柩未葬,家貧身老子孺,恐力不能合祔,是以悲也。」公曰:「子為寡人吊之,因問其偏祔何所在。」晏子奉命往吊,而問偏祔之所在。盆成適再拝,稽首而不起,曰:「偏祔寄于路寝,得為地下之臣擁劄摻筆,給事宮殿中右陛之下,願以某日送,未得君之意也。窮困無以図之,布唇枯舌,焦心熱中。今君不辱而臨之,願君図之。」晏子曰:「然。此人之甚重者也,而恐君不許也。」盆成適蹶然曰:「凡在君耳。且臣聞之,越王好勇,其民軽死;楚霊王好細腰,其朝多餓死人。
書き下し
景公路寝の宮に宿す。夜分、西方に男子の哭する者有るを聞き、公之を悲しむ。明日朝し、晏子に問いて曰く、「寡人夜者、西方に男子の哭する者有るを聞く。声甚だ哀しく、気甚だ悲し。是れ奚為る者ぞ、寡人之を哀しむ」と。晏子対えて曰く、「西郭に徒居する布衣の士、盆成適なり。父の孝子、兄の順弟なり。又嘗て孔子の門人たり。今其の母不幸にして死し、祔柩未だ葬らず、家貧しく身老い子孺く、力の合祔する能わざらんことを恐る。是を以て悲しむなり」と。公曰く、「子寡人の為に之を吊え、因りて其の偏祔の何所に在るかを問え」と。晏子命を奉じて往き吊い、偏祔の所在を問う。盆成適再拝し、稽首して起たず、曰く、「偏祔は路寝に寄す。地下の臣と為り、劄を擁し筆を摻り、宮殿の中、右陛の下に事を給するを得て、願わくは某日を以て送らんとす。未だ君の意を得ず。窮困して以て之を図る無く、唇を布き舌を枯らし、心を焦がし中を熱くす。今君辱くも臨まれ、願わくは君之を図れ」と。晏子曰く、「然り。此れ人の甚だ重き者なるも、君の許さざらんことを恐る」と。盆成適蹶然として曰く、「凡そ君に在るのみ。且つ臣之を聞く、越王勇を好めば、其の民は死を軽んず。楚の霊王細き腰を好めば、其の朝に餓死する人多し。
現代語訳
景公は路寝の宮に泊まりました。夜半、西の方で男が泣いているのを聞き、公は胸を痛めました。翌朝の朝廷で、晏子に尋ねました。「昨夜、西の方で男が泣くのを聞いた。声はたいへん哀しく、気配はたいへん悲しげだった。あれは何者か。私は心が痛む」。晏子は答えました。「西の外郭に住む無位の士、盆成適です。父には孝行な子、兄には従順な弟です。また以前、孔子の門人でもありました。いま母が不幸にして亡くなり、棺を父と合葬したいのですが、まだ葬れていません。家は貧しく、本人は老い、子は幼く、力が及ばず合葬できないのではと恐れています。それで悲しんでいるのです」。公は言いました。「あなたは私のために弔問し、その合葬する場所がどこかを尋ねてきてくれ」。晏子は命を受けて弔問に行き、合葬の場所を尋ねました。盆成適は再拝し、頭を地につけたまま起き上がらず、言いました。「合葬の場所は路寝に寄せています。地下の臣となって、札を抱き筆を取り、宮殿の中、右の階段の下で勤めを果たしたく、某日に送りたいと願っています。ですが、まだ君のお気持ちを得ていません。困窮してどうすることもできず、唇を開き舌を枯らし、心を焦がし胸を熱くしていました。いま君が恐れ多くもお尋ねくださいました。どうか君、お取り計らいください」。晏子は言いました。「そうだ。これは人にとってたいへん重いことだが、君が許されないのではと恐れる」。盆成適は勢いよく言いました。「すべては君のお心次第です。私はこう聞いています。越王が勇を好むと、その民は死を軽んじ、楚の霊王が細い腰を好むと、その朝廷には餓死する人が多くなった、と。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』上卷之本此宝は天に在ては天の道となり、地に在ては地の道となるは、元来名はなき物なれ共、衆生に教へ示さん為めに、昔しの聖人其光景をかたどりて、孝と名付け玉ふ、夫よりこの方愚痴不肖の賤男賤女に至る迄も、其名をば知ると云共、其真実の道理は、老師宿儒知見抜群の人さへ悟り得る事稀なり、然る故に世俗孝は親に事ふる一事となして、浅近の道理なりと思へり、孔子嘆かはしく思召して、万世の盲聾を開かん為めに、孝徳神妙不測広大深遠にして、無始無終の神道を孝経に発明し玉ふ、孝徳の感通を手近く名付け言へば、愛敬の二字に極まれり、愛は懇に親しむ心なり、敬は上をうやまひ下を軽しめ侮らざる義なり、孝は譬へば明なる鏡の如し、向ふ物の形と色とに因て、鏡の中の影は品々かはれ共、明らかに写す鏡の体は同じ者なり、其如く父子君臣の人倫に相交ることは、千々万々品変れ共、愛敬の至徳は通せざる所なし、
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『徂徠先生答問書』卷中一孝行の儀御尋に候。成程聖人の教には孝弟忠信を中庸の徳行と名付け、是を貴賤によらず人たる者の勤め行ふべき事といたし申候。君子の道も、是を土台にいたし不申候得ば、高きにのぼるに楷梯なきがごとくに御座候。舜の契を司徒の官になされ、五倫を教へしめ給ふも、孔子の民に中庸の徳なき事を御なげき被成候も同意にて御座候。孝は父母によくつかへ候事、弟は兄長によくつかへ候事、忠は君につかゆるにても、又たれにても、人のためになし候事をば我身の事のごとくに如在なく身にかけ申候事に候。信と申候は、朋友其外あまねくの人にまじはり申候には言語を慎み偽り違候事なきやうに致し候を申候。是にて父母兄弟君臣朋友の道こもり申候故、五倫と申候も、中庸と申候も、孝弟忠信と申候も、ひとつ事にて御座候。
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『翁問答』上卷之本体充問曰庶人の孝行はいかゞ。師の曰農工商何れも其所作を能勤め怠らず財穀を貯へ、むざと費やさず身持心立能慎み、公儀を恐れて法度に背かず、我身子の事をば第二とし、父母の衣服食物を第一に思ひ入、心力を尽して及ぬきはをも調へて父母の受悦ぶ様にもてなして能く養ふは庶人の孝なり。体充問曰五等の孝の内、只庶人に計り父母を養ふと説給ふは、如何なる故にて候や。師の曰士より上は財乏しからず養ふ事は云ふに及はず、庶人は財乏しくして、充分に心を苦しめ力を尽さゞれば、衣服食物足らざる故に、庶人に計り養ひを説給ふ五等皆其位の内にて第一重き所を取りて、説給ふ道理は皆相通するなり、能く体認すべし。
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尚書・君陳王若(かく)のごとく曰く、「君陳よ、惟れ爾令徳にして孝恭なり。惟れ孝にして、兄弟に友に、克く有政に施す。汝に命じて茲の東郊を尹(をさ)めしむ、敬せよや。昔周公万民を師保し、民其の徳を懐く。往きて乃の司を慎み、茲に厥の常に率へ。懋めて周公の訓を昭らかにせば、惟れ民其れ乂まらん。我聞く、曰く、
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『十善法語』巻第五・不綺語戒若或ハ父母カ悪事ニ随順シテ止ヌコトアレハ。此ハ変ト知ヘシ。其時ニハ事ノ軽重。時ノ進不ヲ斟酌スヘキコトシヤ。自心ノ及ハヌ処ハ。智者明師ノ指示ヲ受ルガヨイ。要ヲ取テ云ハ。此孝道。思惟度量シテ別ニムツカシキ一法ヲ造作スルナラス。唯子タル者ノ平生安ンスル処。コレヲ孝ノ道ト云。何故ニ如是ソ。此父母コレ我自性善根ノ開発セル儀シヤ。若業障深キ衆生ハ父母ノ名字タモ聞コトナラヌシヤ。梵網経ニ。若有犯者不得現身発菩提心。乃至二却三却不聞父母三宝名字トアル。余経ニ。夢ニ父母師僧ヲミル。皆福分ノアル処ト云。魚ノ水中ニ游フ如ク。鳥ノ空中ニ飛カ如ク。孝子順孫ノ父母王母ノ膝下ニアル。此ニ同シ。実実ニカクノ如クナラバ。地中ニ金一釜ヲ得ズトモ或ハ冬時筍ヲ得ストモ。孝道全トス。世ニ不孝ノ子アル。或ハ功利名誉ニ蔽ハル。或ハ博奕婬酒ニ蔽ハル。ミナ宿悪深重ノナス所ト知ルヘキシヤ。
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