晏子春秋 / 雑下・景公以晏子乘弊車駑馬使梁丘據遺之三返不受
晏子朝,乘弊車,駕駑馬,景公見之曰:「嘻!夫子之祿寡邪?何乘不佼之甚也?」晏子對曰:「賴君之賜,得以壽三族,及國遊士,皆得生焉。臣得暖衣飽食弊車駑馬以奉其身,於臣足矣。」晏子出,公使梁丘據遺之輅車乘馬,三返不受。公不說,趣召晏子。晏於至,公曰:「夫子不受,寡人亦不乘。」晏子對曰:「君使臣臨百官之吏,臣節其衣服,飲食之養,以先齊國之民,然猶恐其侈靡而不顧其行也。今輅車乘馬,君乘之上,而臣亦乘之下,民之無義,侈其衣服飲食,而不顧其行者,臣無以禁之。」遂讓不受。
新字:晏子朝,乗弊車,駕駑馬,景公見之曰:「嘻!夫子之禄寡邪?何乗不佼之甚也?」晏子対曰:「頼君之賜,得以寿三族,及国遊士,皆得生焉。臣得暖衣飽食弊車駑馬以奉其身,於臣足矣。」晏子出,公使梁丘拠遺之輅車乗馬,三返不受。公不説,趣召晏子。晏於至,公曰:「夫子不受,寡人亦不乗。」晏子対曰:「君使臣臨百官之吏,臣節其衣服,飲食之養,以先斉国之民,然猶恐其侈靡而不顧其行也。今輅車乗馬,君乗之上,而臣亦乗之下,民之無義,侈其衣服飲食,而不顧其行者,臣無以禁之。」遂譲不受。
書き下し
晏子朝するに、弊車に乗り、駑馬を駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか。何ぞ乗ること不佼の甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼り、以て三族を寿し、国の遊士に及ぶまで、皆生を得たり。臣暖衣飽食、弊車駑馬以て其の身を奉ずるを得、臣に於て足れり」と。晏子出づ。公梁丘据をして之に輅車乗馬を遺らしめ、三たび返して受けず。公説ばず、趣ぎ晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦乗らず」と。晏子対えて曰く、「君、臣をして百官の吏に臨ましめ、臣其の衣服、飲食の養を節して、以て斉国の民に先んず。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざるを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦之に下に乗らば、民の義無き、其の衣服飲食を侈りて、其の行いを顧みざる者、臣以て禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
現代語訳
晏子が朝廷に出向くとき、粗末な車に乗り、のろい馬を付けていました。景公はこれを見て言いました。「ああ、そなたの禄は少ないのか。なぜこれほどみすぼらしい乗り物なのだ。」晏子は答えました。「君のお賜り物のおかげで、三族を養い、国の遊説の士に至るまで、皆が暮らしを得ています。私は暖かい衣と十分な食事、粗末な車と鈍い馬で自分の身を養うことができ、私にとってはそれで足ります。」晏子が退出すると、公は梁丘据に立派な車と馬を届けさせましたが、三度返されて受け取られませんでした。公は不機嫌になり、急ぎ晏子を呼びました。晏子が来ると、公は「そなたが受けないなら、私も乗らない」と言いました。晏子は答えました。「君は私に多くの役人を治めさせ、私は衣服や飲食の養いを節して、斉の民の先に立っています。それでもなお、民が贅沢に流れて行いを顧みなくなるのではと恐れています。いま立派な車と馬に、君が上で乗り、私も下で乗れば、義のない民が、衣服や飲食を贅沢にして行いを顧みなくなったとき、私にはそれを禁じるすべがありません。」こうして晏子は辞退し、受けませんでした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・臣術晏子朝す、敝車に乗り駑馬に駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか、何ぞ乗ること任えざるの甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼りて、以て三族及び国の交遊を寿からしめ皆生を得しむ。臣暖衣飽食を得、敝車駑馬、以て其の身を奉ずるは、臣に於いて足れり」と。晏子出づ。公梁丘拠をして輅車乗馬を遺らしむ。三たび返して受けず。公悦ばず、趣ぎて晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦た乗らじ」と。晏子対えて曰く、「君臣をして百官の吏に臨ましめ、其の衣服飲食の養を節して、以て斉国の人に先んぜしむ。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざらんことを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦た之に下に乗らば、民の義無くして、其の衣食を侈にして其の行いを顧みざる者は、臣以て之を禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
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『晏子春秋』雑下・景公祿晏子平陰與槁邑晏子願行三言以辭景公晏子に禄するに平陰と槁邑とを以てし、市に反る者十一社なり。晏子辞して曰く、「吾が君宮室を治むるを好み、民の力弊れたり。又盤遊玩好を好みて以て女子を飭り、民の財竭きたり。又師を興すを好み、民の死近し。其の力を弊らし、其の財を竭くし、其の死を近づく。下の其の上を疾むこと甚だし。此れ嬰の敢えて受けざる所以なり」と。公曰く、「是れ則ち可なり。然りと雖も、君子独り富と貴とを欲せざらんや」と。晏子曰く、「嬰聞く、人臣為る者は、君を先にして身を後にし、国を安んじて家を度り、君を宗として身を処くと。曷為れぞ独り富と貴とを欲せざらん」と。公曰く、「然らば則ち曷を以て夫子に禄せん」と。晏子対えて曰く、「君、漁塩を商し、関市は譏して征せず、耕す者は十に一を取り、刑罰を弛め、死に若たる者は刑し、刑に若たる者は罰し、罰に若たる者は免ぜよ。此の三言の若きは、嬰の禄にして、君の利なり」と。公曰く、「此の三言は、寡人事とする無し。請う、以て夫子に従わん」と。公既に若の三言を行い、人をして大国に問わしむ。大国の君曰く、「斉安し」と。人をして小国に問わしむ。小国の君曰く、「斉我に加えず」と。
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『晏子春秋』外篇上・景公使梁丘據致千金之裘晏子固辭不受景公晏子に狐の白裘、玄豹の茈を賜う。其の貲千金、梁丘據をして之を致さしむ。晏子辞して受けず。三たび反る。公曰く、「寡人此の二つを有ち、将に之を服せんと欲す。今夫子受けざれば、寡人敢えて服せず。其の之を閉蔵せんよりは、豈に之を身に弊らすに如かんや」と。晏子曰く、「君就い賜い、嬰をして百官の政を修めしむ。君は上に之を服し、嬰をして下に之を服せしむ。以て教えを為す可からず」と。固く辞して受けず。
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『晏子春秋』雑下・梁丘據自患不及晏子晏子勉據以常為常行/晏子老辭邑景公不許致車一乘而後止梁丘据晏子に謂いて曰く、「吾死に至るまで夫子に及ばず」と。晏子曰く、「嬰之を聞く、為す者は常に成り、行う者は常に至ると。嬰は人に異なる有るに非ず。常に為して置かず、常に行いて休まざる者なり、故に及び難きか」と。晏子景公に相たりて、老いて邑を辞す。公曰く、「吾が先君定公より今に至るまで世を用いること多し。斉の大夫、未だ老いて邑を辞する者有らず。今夫子独り之を辞するは、是れ国の故を毀ち、寡人を棄つるなり。不可なり」と。晏子対えて曰く、「嬰聞く、古の君に事うる者は、身に称いて食し、徳厚ければ禄を受け、徳薄ければ則ち禄を辞すと。徳厚くして禄を受くるは、上を明らかにする所以なり。徳薄くして禄を辞するは、下を潔くす可き所以なり。嬰老い、徳薄く能無くして厚く禄を受くるは、是れ上の明を掩い、下の行いを汙すなり。不可なり」と。公許さずして曰く、「昔吾が先君桓公、管仲の斉国を恤労する有り、身老いて、之を賞するに三帰を以てし、沢子孫に及ぶ。今夫子も亦寡人に相たり。夫子の為に三帰を為し、沢子孫に至らしめんと欲す。豈に不可ならんや」と。対えて曰く、「昔者管子桓公に事え、桓公の義は諸侯に高く、徳は百姓に備わる。今嬰君に事うるや、国は僅かに諸侯に斉しく、怨みは百姓に積む。嬰の罪多し。而るに君之を賞せんと欲す。豈に其の不肖の父を以て不肖の子の厚く賞を受け、以て国民の義を傷つくるを為さんや。且つ夫れ徳薄くして禄厚く、智惛くして家富むは、是れ汙を彰し教えに逆らうなり。不可なり」と。公許さず。晏子出ず。異日朝し、間を得て邑に入り、車一乗を致して後止む。
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『晏子春秋』外篇上・晏子衣鹿裘以朝景公嗟其貧晏子稱有飾晏子景公に相たり、布衣鹿裘にして以て朝す。公曰く、「夫子の家、此くの若く其れ貧しきや。是れ奚ぞ衣の悪しき。寡人知らず。是れ寡人の罪なり」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、蓋し人を顧みて而る後に衣食する者は、味を貪るを以て非と為さず。蓋し人を顧みて而る後に行う者は、邪僻を以て累と為さず。嬰不肖にして、嬰の族又嬰に如かざるなり。嬰を待ちて以て其の先人を祀る者五百家。嬰又布衣鹿裘を得て朝す。嬰に於て飾り有らざらんや」と。再拝して辞す。
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『晏子春秋』雑下・景公以晏子食不足致千金而晏子固不受晏子方に食す。景公使者をして至らしめ、食を分かちて之に食わしむ。使者飽かず、晏子も亦飽かず。使者反りて、之を公に言う。公曰く、「嘻、晏子の家、是くの若く其れ貧しきか。寡人知らず、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千金と市租とを致さしめ、以て賓客に奉ぜんことを請う。晏子辞す。三たび之を致すも、終に再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず。君の賜を以て、沢三族を覆い、延びて交遊に及び、以て百姓を振う。君の賜厚し。嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、夫れ厚く之を君に取りて之を民に施せば、是れ臣、君に代わりて民に君たるなり。忠臣は為さず。厚く之を君に取りて民に施さざれば、是れ筐篋の蔵を為すなり。仁人は為さず。進みては君に取り、退きては罪を士に得、身死して財他人に遷るは、是れ宰蔵を為すなり。智者は為さず。夫れ十総の布、一豆の食、中に足れば免れん」と。景公晏子に謂いて曰く、「昔吾が先君桓公、書社五百を以て管仲に封ず。辞せずして受く。子の之を辞するは何ぞや」と。晏子曰く、「嬰聞く、聖人も千慮に必ず一失有り、愚人も千慮に必ず一得有りと。意うに管仲の失にして、嬰の得なる者か。故に再拝して敢えて命を受けず」と。
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