晏子春秋 / 雑下・景公欲為晏子築室于宮內晏子稱是以遠之而辭/景公以晏子妻老且惡欲納愛女晏子再拜以辭
景公謂晏子曰:「寡人欲朝昔相見,為夫子築室子閨內,可乎?」晏子對曰:「臣聞之,隱而顯,近而結,維至賢耳。如臣者,飾其容止以待命,猶恐罪戾也。今君近之,是遠之也,請辭。」景公有愛女,請嫁于晏子。公乃往燕晏子之家,飲酒,酣,公見其妻曰:「此子之內子邪?」晏子對曰:「然,是也。」公曰:「嘻!亦老且惡矣。寡人有女,少且姣,請以滿夫子之宮。」晏子違席而對曰:「乃此則老且惡,嬰與之居故矣,故及其少而姣也。且人固以壯托乎老,姣托乎惡,彼嘗托而嬰受之矣。君雖有賜,可以使嬰倍其托乎?」再拜而辭。
新字:景公謂晏子曰:「寡人欲朝昔相見,為夫子築室子閨内,可乎?」晏子対曰:「臣聞之,隠而顕,近而結,維至賢耳。如臣者,飾其容止以待命,猶恐罪戻也。今君近之,是遠之也,請辞。」景公有愛女,請嫁于晏子。公乃往燕晏子之家,飲酒,酣,公見其妻曰:「此子之内子邪?」晏子対曰:「然,是也。」公曰:「嘻!亦老且悪矣。寡人有女,少且姣,請以満夫子之宮。」晏子違席而対曰:「乃此則老且悪,嬰与之居故矣,故及其少而姣也。且人固以壮托乎老,姣托乎悪,彼嘗托而嬰受之矣。君雖有賜,可以使嬰倍其托乎?」再拝而辞。
書き下し
景公晏子に謂いて曰く、「寡人朝昔に相見えんと欲し、夫子の為に室を子の閨内に築かんと欲す。可なるか」と。晏子対えて曰く、「臣之を聞く、隠れて顕れ、近くして結ぶは、維れ至賢のみ。臣の如き者は、其の容止を飾りて以て命を待つも、猶お罪戻を恐る。今君之を近づくるは、是れ之を遠ざくるなり。請う、辞せん」と。景公愛女有り、晏子に嫁せんことを請う。公乃ち往きて晏子の家に燕し、酒を飲み、酣にして、公其の妻を見て曰く、「此れ子の内子か」と。晏子対えて曰く、「然り、是なり」と。公曰く、「嘻、亦た老いて且つ悪し。寡人に女有り、少くして且つ姣なり。請う、以て夫子の宮に満たさん」と。晏子席を違りて対えて曰く、「乃ち此れ則ち老いて且つ悪し。嬰之と居ること故し。故に其の少くして姣なるに及べり。且つ人固より壮を以て老に托し、姣を以て悪に托す。彼嘗て托して嬰之を受けたり。君賜うこと有りと雖も、嬰をして其の托に倍かしむ可けんや」と。再拝して辞す。
現代語訳
景公は晏子に言いました。「私は朝夕そなたと会いたく、そなたのために宮中の奥の小門の内に屋敷を築きたい。よいだろうか。」晏子は答えました。「私はこう聞いています。隠れていても顕れ、近くにいても結びつけるのは、至賢の者だけです。私のような者は、振る舞いを整えて命を待っていても、なお罪をおかすことを恐れます。いま君が私を近づけるのは、かえって遠ざけることです。どうかお断りいたします。」景公には愛する娘がおり、晏子に嫁がせたいと言いました。公は晏子の家を訪ねて酒宴を開き、酒がまわったころ、晏子の妻を見て言いました。「この方がそなたの奥方か。」晏子は「そうです」と答えました。公は「ああ、年老いて醜くもあるな。私には娘がいる。若くて美しい。そなたの家に迎えさせてほしい」と言いました。晏子は席を離れて答えました。「この者は確かに老いて醜いです。しかし私は長く連れ添っており、その若く美しかったころにも添ってきました。それに、人は元気なうちに老いを頼み、美しさを醜さに託すものです。彼女はかつて私に身を託し、私はそれを受けました。君のお賜りものがあるとはいえ、私にその託されたことを裏切らせてよいでしょうか。」再拝して辞退しました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。
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『格言聯璧』處事類・天下に化すべからざるの人無し眞實の肝膽を以て人を待てば、事未だ必ずしも功を成さずと雖も、日後人必ず我の肝膽を見ん。 詐偽の心腸を以て事に處すれば、人即ひ一時惑ひを受くるも、日後人必ず我の心腸を見ん。 天下に化すべからざるの人無し、但だ誠心の未だ至らざるを恐る。 天下に爲すべからざるの事無し、只だ立志の堅からざるを怕る。
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史記 扁鵲倉公列伝時に未だ往かざるに、会々慶の子男殷来りて馬を献ず。師光に因りて馬を王の所に奏す。意故を以て殷と善きを得たり。光又意を殷に属して曰く、『意は数を好む。公必ず謹みて之を遇せよ。其の人は聖儒なり』と。即ち書を為りて意を以て陽慶に属す。故を以て慶を知る。臣意慶に事ふること謹む。故を以て意を愛するなり」と。臣意に問ひて曰く、「吏民嘗て事として意の方を学び、及び畢く尽く意の方を得たるもの有りや不や。何れの県里の人ぞ」と。対へて曰く、「臨菑の人宋邑。邑学ぶ。臣意教ふるに五診を以てすること、歳余。済北王太医高期・王禹を遣はして学ばしむ。臣意教ふるに経脈の高下及び奇絡の結、当に俞の居る所を論ずべきこと、及び気の当に上下出入すべき邪正逆順、以て鑱石に宜しきこと、砭灸の処を定むることを以てすること、歳余。菑川王時に太倉の馬長馮信を遣はして方を正さしむ。臣意教ふるに案法逆順、薬法を論じ、五味及び和斉湯法を定むることを以てす。高永侯の家丞杜信、脈を喜み、来り学ぶ。臣意教ふるに上下経脈五診を以てすること、二歳余。臨菑の召里の唐安来り学ぶ。臣意教ふるに五診上下経脈、奇咳、四時陰陽に応ずるの重を以てす。未だ成らずして、除せられて斉王の侍医と為る」と。臣意に問ふ、「病を診し死生を決するに、能く全く失無きか」と。臣意対へて曰く、「意病人を治するに、必ず先づ其の脈を切して、乃ち之を治す。敗逆なる者は治すべからず。其の順なる者は乃ち之を治す。心脈に精しからず、期する所の死生、治すべきを視るに、時時之を失す。臣意全くする能はざるなり」と。太史公曰く、女は美悪と無く、宮に居れば妒まる。士は賢不肖と無く、朝に入れば疑はる。故に扁鵲は其の伎を以て殃せられ、倉公乃ち跡を匿して自ら隠れて刑に当たる。緹縈尺牘を通じ、父以て後に寧きを得たり。故に老子曰く、「美好なる者は不祥の器なり」と。豈に扁鵲等を謂ふか。倉公の若き者は、之に近しと謂ふべし。手の三陽の脈は、手より頭に至るまで長さ五尺、五六合して三丈。
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