晏子春秋 / 雑下・景公睹晏子之食菲薄而嗟其貧晏子稱其參士之食
晏子相景公,食脫粟之食,炙三弋、五卵、苔菜耳矣。公聞之,往燕焉,睹晏子之食也。公曰:「嘻!夫子之家,如此其貧乎!而寡人不知,寡人之罪也。」晏子對曰:「以世之不足也,免粟之食飽,士之一乞也;炙三弋,士之二乞也;苔菜、五卵,士之三乞也。嬰無倍人之行,而有參士之食,君之賜厚矣。嬰之家不貧。」再拜而謝。
新字:晏子相景公,食脱粟之食,炙三弋、五卵、苔菜耳矣。公聞之,往燕焉,睹晏子之食也。公曰:「嘻!夫子之家,如此其貧乎!而寡人不知,寡人之罪也。」晏子対曰:「以世之不足也,免粟之食飽,士之一乞也;炙三弋,士之二乞也;苔菜、五卵,士之三乞也。嬰無倍人之行,而有参士之食,君之賜厚矣。嬰之家不貧。」再拝而謝。
書き下し
晏子景公に相たり、脱粟の食、炙三弋、五卵、苔菜のみを食す。公之を聞き、往きて燕し、晏子の食を睹る。公曰く、「嘻、夫子の家、此くの如く其れ貧なるか。而るに寡人知らず、寡人の罪なり」と。晏子対えて曰く、「世の不足を以て、免粟の食に飽くは、士の一乞なり。炙三弋は、士の二乞なり。苔菜・五卵は、士の三乞なり。嬰、人に倍するの行い無くして、参士の食有り、君の賜厚し。嬰の家は貧しからず」と。再拝して謝す。
現代語訳
晏子は景公の宰相として、玄米の飯に、焼いた鳥三羽、卵五つ、苔菜を食べるだけでした。公はそれを聞き、出向いて宴を開き、晏子の食事を目にしました。公は言いました。「ああ、あなたの家はこれほど貧しいのか。私はそれを知らなかった。私の落ち度だ」。晏子は答えました。「世の中は物が足りないものですが、玄米の飯に満腹できるのは、士にとって一つ目のありがたい恵みです。焼いた鳥三羽は二つ目、苔菜と卵五つは三つ目です。私は人にまさる行いもないのに、三人の士ぶんの食事をいただいており、君のお恵みは厚いのです。私の家は貧しくありません」。そう言って再び拝礼し、礼を述べました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』外篇上・晏子衣鹿裘以朝景公嗟其貧晏子稱有飾晏子景公に相たり、布衣鹿裘にして以て朝す。公曰く、「夫子の家、此くの若く其れ貧しきや。是れ奚ぞ衣の悪しき。寡人知らず。是れ寡人の罪なり」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、蓋し人を顧みて而る後に衣食する者は、味を貪るを以て非と為さず。蓋し人を顧みて而る後に行う者は、邪僻を以て累と為さず。嬰不肖にして、嬰の族又嬰に如かざるなり。嬰を待ちて以て其の先人を祀る者五百家。嬰又布衣鹿裘を得て朝す。嬰に於て飾り有らざらんや」と。再拝して辞す。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子衣食弊薄使田無宇致封邑晏子辭晏子斉に相たり、十升の布を衣、脱粟の食を食らい、五卵、苔菜のみ。左右以て公に告ぐ。公之が為に邑を封じ、田無宇をして台と無塩とを致さしむ。晏子対えて曰く、「昔吾が先君太公、之を営丘に受け、地を為すこと五百里、世国の長たり。太公より公の身に至るまで、数十公有り。苟くも能く其の君を説ばしめて以て邑を取らば、公の身に至らず、斉を趣り搏ちて升土を求め、足を容れて寓するを得ざらん。嬰聞く、臣に徳有らば禄を益し、徳無くんば禄を退くと。悪くんぞ不肖の父の不肖の子の為に、封邑を為して以て其の君の政を敗る者有らんや」と。遂に受けず。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子食不足致千金而晏子固不受晏子方に食す。景公使者をして至らしめ、食を分かちて之に食わしむ。使者飽かず、晏子も亦飽かず。使者反りて、之を公に言う。公曰く、「嘻、晏子の家、是くの若く其れ貧しきか。寡人知らず、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千金と市租とを致さしめ、以て賓客に奉ぜんことを請う。晏子辞す。三たび之を致すも、終に再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず。君の賜を以て、沢三族を覆い、延びて交遊に及び、以て百姓を振う。君の賜厚し。嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、夫れ厚く之を君に取りて之を民に施せば、是れ臣、君に代わりて民に君たるなり。忠臣は為さず。厚く之を君に取りて民に施さざれば、是れ筐篋の蔵を為すなり。仁人は為さず。進みては君に取り、退きては罪を士に得、身死して財他人に遷るは、是れ宰蔵を為すなり。智者は為さず。夫れ十総の布、一豆の食、中に足れば免れん」と。景公晏子に謂いて曰く、「昔吾が先君桓公、書社五百を以て管仲に封ず。辞せずして受く。子の之を辞するは何ぞや」と。晏子曰く、「嬰聞く、聖人も千慮に必ず一失有り、愚人も千慮に必ず一得有りと。意うに管仲の失にして、嬰の得なる者か。故に再拝して敢えて命を受けず」と。
-
『晏子春秋』雑下・梁丘據言晏子食肉不足景公割地將封晏子辭晏子斉に相たること三年、政平らかにして民説ぶ。梁丘据、晏子の中食にして肉足らざるを見、以て景公に告ぐ。旦日、晏子を封ずるに都昌を以てす。晏子辞して受けずして曰く、「富みて驕らざる者は、未だ嘗て之を聞かず。貧しくして恨みざる者は、嬰是れなり。貧しくして恨みざる所以の者は、若を以て師と為せばなり。今封ぜらるれば、嬰の師を易う。師已に軽くして、封已に重し。請う、辞せん」と。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子乘弊車駑馬使梁丘據遺之三返不受晏子朝するに、弊車に乗り、駑馬を駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか。何ぞ乗ること不佼の甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼り、以て三族を寿し、国の遊士に及ぶまで、皆生を得たり。臣暖衣飽食、弊車駑馬以て其の身を奉ずるを得、臣に於て足れり」と。晏子出づ。公梁丘据をして之に輅車乗馬を遺らしめ、三たび返して受けず。公説ばず、趣ぎ晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦乗らず」と。晏子対えて曰く、「君、臣をして百官の吏に臨ましめ、臣其の衣服、飲食の養を節して、以て斉国の民に先んず。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざるを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦之に下に乗らば、民の義無き、其の衣服飲食を侈りて、其の行いを顧みざる者、臣以て禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
-
『晏子春秋』雑下・景公祿晏子平陰與槁邑晏子願行三言以辭景公晏子に禄するに平陰と槁邑とを以てし、市に反る者十一社なり。晏子辞して曰く、「吾が君宮室を治むるを好み、民の力弊れたり。又盤遊玩好を好みて以て女子を飭り、民の財竭きたり。又師を興すを好み、民の死近し。其の力を弊らし、其の財を竭くし、其の死を近づく。下の其の上を疾むこと甚だし。此れ嬰の敢えて受けざる所以なり」と。公曰く、「是れ則ち可なり。然りと雖も、君子独り富と貴とを欲せざらんや」と。晏子曰く、「嬰聞く、人臣為る者は、君を先にして身を後にし、国を安んじて家を度り、君を宗として身を処くと。曷為れぞ独り富と貴とを欲せざらん」と。公曰く、「然らば則ち曷を以て夫子に禄せん」と。晏子対えて曰く、「君、漁塩を商し、関市は譏して征せず、耕す者は十に一を取り、刑罰を弛め、死に若たる者は刑し、刑に若たる者は罰し、罰に若たる者は免ぜよ。此の三言の若きは、嬰の禄にして、君の利なり」と。公曰く、「此の三言は、寡人事とする無し。請う、以て夫子に従わん」と。公既に若の三言を行い、人をして大国に問わしむ。大国の君曰く、「斉安し」と。人をして小国に問わしむ。小国の君曰く、「斉我に加えず」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る