晏子春秋 / 外篇上・景公使梁丘據致千金之裘晏子固辭不受
景公賜晏子狐之白裘,玄豹之茈,其貲千金,使梁丘據致之。晏子辭而不受,三反,公曰:「寡人有此二,將欲服之。今夫子不受,寡人不敢服,與其閉藏之,豈如弊之身平?」晏子曰:「君就賜,使嬰修百官之政,君服之上,而使嬰服之於下,不可以為教。」固辭而不受。
新字:景公賜晏子狐之白裘,玄豹之茈,其貲千金,使梁丘拠致之。晏子辞而不受,三反,公曰:「寡人有此二,将欲服之。今夫子不受,寡人不敢服,与其閉蔵之,豈如弊之身平?」晏子曰:「君就賜,使嬰修百官之政,君服之上,而使嬰服之於下,不可以為教。」固辞而不受。
書き下し
景公晏子に狐の白裘、玄豹の茈を賜う。其の貲千金、梁丘據をして之を致さしむ。晏子辞して受けず。三たび反る。公曰く、「寡人此の二つを有ち、将に之を服せんと欲す。今夫子受けざれば、寡人敢えて服せず。其の之を閉蔵せんよりは、豈に之を身に弊らすに如かんや」と。晏子曰く、「君就い賜い、嬰をして百官の政を修めしむ。君は上に之を服し、嬰をして下に之を服せしむ。以て教えを為す可からず」と。固く辞して受けず。
現代語訳
景公は晏子に、狐の白い裘と黒豹の毛皮の品を賜りました。その値は千金で、梁丘據に届けさせました。晏子は辞して受けませんでした。三度、持ち帰られました。公は言いました。「私はこの二つを持っていて、身に着けようと思っている。いまあなたが受け取らなければ、私も着ることはできない。しまい込むよりは、あなたの身に着けて使い込んだ方がよいではないか。」晏子は言いました。「君がそれを賜って、私に百官の政を整えさせます。君が上でこれを身に着け、私が下で身に着けるのでは、人を教える手本にはなりません。」固く辞して受けませんでした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子乘弊車駑馬使梁丘據遺之三返不受晏子朝するに、弊車に乗り、駑馬を駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか。何ぞ乗ること不佼の甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼り、以て三族を寿し、国の遊士に及ぶまで、皆生を得たり。臣暖衣飽食、弊車駑馬以て其の身を奉ずるを得、臣に於て足れり」と。晏子出づ。公梁丘据をして之に輅車乗馬を遺らしめ、三たび返して受けず。公説ばず、趣ぎ晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦乗らず」と。晏子対えて曰く、「君、臣をして百官の吏に臨ましめ、臣其の衣服、飲食の養を節して、以て斉国の民に先んず。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざるを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦之に下に乗らば、民の義無き、其の衣服飲食を侈りて、其の行いを顧みざる者、臣以て禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
-
『晏子春秋』外篇上・景公稱桓公之封管仲益晏子邑辭不受景公晏子に謂いて曰く、「昔吾が先君桓公、管仲に狐と穀とを予う、其の県十七、之を帛に著し、之を策を以て申べ、之を諸侯に通じ、以て其の子孫の賞邑と為す。寡人以て而の先君を辱むるに足らず。今夫子の為に邑を賞し、之を子孫に通ぜん」と。晏子辞して曰く、「昔聖王は功を論じて賢を賞す。賢者は之を得、不肖者は之を失う。徳を禦め礼を修め、荒怠する有る無し。今君に事えて罪を免るる者、其の子孫奚ぞ宜しく与るべけんや。若し斉国の大夫為る者、必ず賞邑有らば、則ち斉君何を以て其の社稷に共し、諸侯に幣帛を与えんや。嬰請う辞せん」と。遂に受けず。
-
説苑・臣術晏子朝す、敝車に乗り駑馬に駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか、何ぞ乗ること任えざるの甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼りて、以て三族及び国の交遊を寿からしめ皆生を得しむ。臣暖衣飽食を得、敝車駑馬、以て其の身を奉ずるは、臣に於いて足れり」と。晏子出づ。公梁丘拠をして輅車乗馬を遺らしむ。三たび返して受けず。公悦ばず、趣ぎて晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦た乗らじ」と。晏子対えて曰く、「君臣をして百官の吏に臨ましめ、其の衣服飲食の養を節して、以て斉国の人に先んぜしむ。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざらんことを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦た之に下に乗らば、民の義無くして、其の衣食を侈にして其の行いを顧みざる者は、臣以て之を禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子食不足致千金而晏子固不受晏子方に食す。景公使者をして至らしめ、食を分かちて之に食わしむ。使者飽かず、晏子も亦飽かず。使者反りて、之を公に言う。公曰く、「嘻、晏子の家、是くの若く其れ貧しきか。寡人知らず、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千金と市租とを致さしめ、以て賓客に奉ぜんことを請う。晏子辞す。三たび之を致すも、終に再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず。君の賜を以て、沢三族を覆い、延びて交遊に及び、以て百姓を振う。君の賜厚し。嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、夫れ厚く之を君に取りて之を民に施せば、是れ臣、君に代わりて民に君たるなり。忠臣は為さず。厚く之を君に取りて民に施さざれば、是れ筐篋の蔵を為すなり。仁人は為さず。進みては君に取り、退きては罪を士に得、身死して財他人に遷るは、是れ宰蔵を為すなり。智者は為さず。夫れ十総の布、一豆の食、中に足れば免れん」と。景公晏子に謂いて曰く、「昔吾が先君桓公、書社五百を以て管仲に封ず。辞せずして受く。子の之を辞するは何ぞや」と。晏子曰く、「嬰聞く、聖人も千慮に必ず一失有り、愚人も千慮に必ず一得有りと。意うに管仲の失にして、嬰の得なる者か。故に再拝して敢えて命を受けず」と。
-
『晏子春秋』外篇上・晏子衣鹿裘以朝景公嗟其貧晏子稱有飾晏子景公に相たり、布衣鹿裘にして以て朝す。公曰く、「夫子の家、此くの若く其れ貧しきや。是れ奚ぞ衣の悪しき。寡人知らず。是れ寡人の罪なり」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、蓋し人を顧みて而る後に衣食する者は、味を貪るを以て非と為さず。蓋し人を顧みて而る後に行う者は、邪僻を以て累と為さず。嬰不肖にして、嬰の族又嬰に如かざるなり。嬰を待ちて以て其の先人を祀る者五百家。嬰又布衣鹿裘を得て朝す。嬰に於て飾り有らざらんや」と。再拝して辞す。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子衣食弊薄使田無宇致封邑晏子辭晏子斉に相たり、十升の布を衣、脱粟の食を食らい、五卵、苔菜のみ。左右以て公に告ぐ。公之が為に邑を封じ、田無宇をして台と無塩とを致さしむ。晏子対えて曰く、「昔吾が先君太公、之を営丘に受け、地を為すこと五百里、世国の長たり。太公より公の身に至るまで、数十公有り。苟くも能く其の君を説ばしめて以て邑を取らば、公の身に至らず、斉を趣り搏ちて升土を求め、足を容れて寓するを得ざらん。嬰聞く、臣に徳有らば禄を益し、徳無くんば禄を退くと。悪くんぞ不肖の父の不肖の子の為に、封邑を為して以て其の君の政を敗る者有らんや」と。遂に受けず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る