晏子春秋 / 雑上・景公使進食與裘晏子對以社稷臣
晏子侍于景公,朝寒,公曰:「請進暖食。」晏子對曰,「嬰非君奉饋之臣也,敢辭。」公曰:「請進服裘。」對曰:「嬰非君茵席之臣也,敢辭。」公曰:「然夫子之于寡人何為者也?」對曰:「嬰,社稷之臣也。」公曰:「何謂社稷之臣?」對曰:「夫社稷之臣,能立社稷,別上下之義,使當其理;制百官之序,使得其宜;作為辭令,可分佈于四方。」自是之後,君不以禮不見晏子。
新字:晏子侍于景公,朝寒,公曰:「請進暖食。」晏子対曰,「嬰非君奉饋之臣也,敢辞。」公曰:「請進服裘。」対曰:「嬰非君茵席之臣也,敢辞。」公曰:「然夫子之于寡人何為者也?」対曰:「嬰,社稷之臣也。」公曰:「何謂社稷之臣?」対曰:「夫社稷之臣,能立社稷,別上下之義,使当其理;制百官之序,使得其宜;作為辞令,可分佈于四方。」自是之後,君不以礼不見晏子。
書き下し
晏子景公に侍す。朝寒し。公曰く、「請う暖食を進めよ」と。晏子対えて曰く、「嬰は君の饋を奉ずる臣に非ず。敢えて辞す」と。公曰く、「請う服裘を進めよ」と。対えて曰く、「嬰は君の茵席の臣に非ず。敢えて辞す」と。公曰く、「然らば夫子の寡人に於けるは何を為す者ぞ」と。対えて曰く、「嬰は社稷の臣なり」と。公曰く、「何をか社稷の臣と謂う」と。対えて曰く、「夫れ社稷の臣は、能く社稷を立て、上下の義を別ち、其の理に当たらしめ、百官の序を制し、其の宜しきを得しめ、辞令を作為して、四方に分布す可し」と。是れより後、君、礼を以てせざれば晏子に見えず。
現代語訳
晏子が景公のおそばに控えていました。朝は寒く、公は言いました。「温かい食事を持ってきてくれ」。晏子は答えました。「私は君の食事をお運びする臣ではありません。お断りいたします」。公は言いました。「では毛皮の服を持ってきてくれ」。晏子は答えました。「私は君の敷物の世話をする臣ではありません。お断りいたします」。公は言いました。「では先生はわたしにとって何をする者なのか」。晏子は答えました。「私は社稷の臣です」。公は言いました。「社稷の臣とは何か」。晏子は答えました。「社稷の臣とは、社稷を立て、上下の義を分けてそれぞれの理に当たらせ、百官の序を定めてそれぞれ適切に配し、言葉や命令を作り、四方に行き渡らせることができる者です」。これより後、公は礼をもってでなければ晏子に会いませんでした。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
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『春秋左氏伝』昭公三年 趙文子、州を取らず夏、四月、鄭伯晉に如く。公孫段相たり。甚だ敬にして卑し、禮違ふ者無し。晉侯焉を嘉し、之に授くるに策を以ってして曰く、「子豐晉國に勞有り。余聞きて忘れず。女に州の田を賜ひ、以って乃(なんぢ)の舊勳に胙(むく)いん」と。伯石再拜稽首し、策を受けて以って出づ。君子曰く、「禮は其れ人の急なるか。伯石の汏(おご)れるや、一たび晉に禮を為して、猶ほ其の祿を荷ふ。況んや禮を以って終始するをや。詩に曰く、『人にして禮無くんば、胡ぞ遄やかに死せざる』と。其れ是を之れ謂ふか」と。初め、州縣は欒豹の邑なり。欒氏亡ぶるに及び、范宣子・趙文子・韓宣子、皆之を欲す。文子曰く、「溫は吾が縣なり」と。二宣子曰く、「郤稱より以って別れて三傳す。晉の別縣は、唯だ州のみならず。誰か獲て之を治めん」と。文子之を病み、乃ち之を舍つ。二子曰く、「吾以って正議して自ら與ふ可からず」と。皆之を舍つ。文子政を為すに及び、趙獲曰く、「以って州を取る可し」と。文子曰く、「退け。二子の言は義なり。義に違ふは禍なり。余は余が縣を治むる能はず、又焉んぞ州を用ゐん。其れ以って禍を徼(まね)かん。君子曰く、『知らざるは實に難し。知りて從はざるは、禍焉より大なるは莫し』と。州を言ふ有らば必ず死せん」と。豐氏は故(もと)より韓氏に主たり。伯石の州を獲るや、韓宣子之が為に之を請ふ。其の復た之を取るが為の故なり。
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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