晏子春秋 / 諫下・景公獵逢蛇虎以為不祥晏子諫
景公出獵,上山見虎,下澤見蛇,歸,召晏子而問之曰:「今日寡人出獵,上山則見虎,下澤則見蛇,殆所謂不祥也?」晏子對曰:「國有三不祥,是不與焉。夫有賢而不知,一不祥;知而不用,二不祥;用而不任,三不祥也:所謂不祥乃若此者。今上山見虎,虎之室也;下澤見蛇,蛇之穴也。如虎之室,如蛇之穴而見之,曷為不樣也?」
新字:景公出猟,上山見虎,下沢見蛇,帰,召晏子而問之曰:「今日寡人出猟,上山則見虎,下沢則見蛇,殆所謂不祥也?」晏子対曰:「国有三不祥,是不与焉。夫有賢而不知,一不祥;知而不用,二不祥;用而不任,三不祥也:所謂不祥乃若此者。今上山見虎,虎之室也;下沢見蛇,蛇之穴也。如虎之室,如蛇之穴而見之,曷為不様也?」
書き下し
景公出猟し、山に上りて虎を見、沢に下りて蛇を見る。帰り、晏子を召して之に問いて曰く、「今日寡人出猟し、山に上れば則ち虎を見、沢に下れば則ち蛇を見る、殆ど所謂不祥なるか」と。晏子対えて曰く、「国に三不祥有り、是は与らず。夫れ賢有りて知らざるは、一の不祥。知りて用いざるは、二の不祥。用いて任ぜざるは、三の不祥なり。所謂不祥とは乃ち此の若き者なり。今山に上りて虎を見るは、虎の室なり。沢に下りて蛇を見るは、蛇の穴なり。虎の室の如く、蛇の穴の如くして之を見る、曷為れぞ不祥ならんや」と。
現代語訳
景公が狩りに出て、山に登って虎を見、沢に下りて蛇を見ました。帰ってから晏子を呼び、尋ねました。「今日、私は狩りに出て、山に登れば虎を見、沢に下れば蛇を見た。これがいわゆる不吉なのだろうか。」晏子は答えました。「国には三つの不吉がありますが、これはその中に入りません。賢者がいるのに気づかないのが一つ目の不吉。気づいても用いないのが二つ目の不吉。用いても任せきらないのが三つ目の不吉です。いわゆる不吉とは、このようなことを指します。今、山に登って虎を見たのは、そこが虎の住みかだからです。沢に下りて蛇を見たのは、そこが蛇の穴だからです。虎の住みかや蛇の穴で虎や蛇に会っただけで、どうして不吉でしょうか。」
解説
この章句が説くこと
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説苑・君道明主なる者に三懼有り。一に曰く尊位に処りて其の過ちを聞かざるを恐る。二に曰く意を得て驕らんことを恐る。三に曰く天下の至言を聞きて行う能わざらんことを恐る。何を以て其の然るを識るや。越王勾践、呉人と戦い、大いに之を敗り、九夷を兼有す。是の時に当たりて、南面して立ち、近臣三、遠臣五、群臣に令して曰く、吾が過ちを聞きて告げざる者は其の罪刑すと。此れ尊位に処りて其の過ちを聞かざるを恐るる者なり。昔者晋の文公、楚人と戦い、大いに之に勝ち、其の軍を焼き、火三日にして滅えず。文公退きて憂色有り。侍者曰く、「君大いに楚に勝ち、今憂色有り、何ぞや」と。文公曰く、「吾聞く、能く戦い勝ちて安んずる者は、其れ唯だ聖人のみか。若し夫れ詐りて勝つの徒は、未だ嘗て危うからずんばあらず、吾是を以て憂う」と。此れ意を得て驕らんことを恐るるなり。昔斉の桓公、筦仲隰朋を得て、其の言を弁じ、其の義を説び、正月の朝、太牢を具えしめて之を先祖に進む。桓公西面して立ち、筦仲隰朋東面して立つ。桓公賛して曰く、「吾二子の言を聴くを得てより、吾が目加々明らかに、耳加々聡く、敢えて独り擅にせず、願わくは之を先祖に荐めん」と。此れ天下の至言を聞きて行う能わざらんことを恐るる者なり。斉の景公猟に出でて、山に上りて虎を見、沢に下りて蛇を見る。帰りて晏子を召して之を問いて曰く、「今日寡人猟に出で、山に上れば則ち虎を見、沢に下れば則ち蛇を見る、殆ど所謂之を不祥と謂うか」と。晏子曰く、「国に三不祥有り、是れ与らざるなり。賢有りて知らざる、一不祥なり。知りて用いざる、二不祥なり。用いて任ぜざる、三不祥なり。所謂不祥とは乃ち此くの如き者なり。今山上に虎を見るは、虎の室なり。下沢に蛇を見るは、蛇の穴なり。虎の室の如く、蛇の穴の如くにして之を見る、曷為れぞ不祥ならんや」と。
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『晏子春秋』諫上・景公從畋十八日不返國晏子諫景公、署梁に畋し、十有八日にして返らず。晏子、国より往きて公に見ゆ。至るに比び、衣冠正しからず。衣冠を革めず、遊を望みて馳す。公、晏子を望み見、車を下りて逆え労いて曰く、「夫子、何ぞ遽かなる。国家に故有ること無きか」と。晏子対えて曰く、「亦急ならずや。然りと雖も、嬰、復すること有らんことを願う。国人皆君を以て野に安んじて国に安んぜず、獣を好みて民を悪むと為す。乃ち不可ならざらんや」と。公曰く、「何ぞや。吾、夫婦の獄訟の正しからざるが為ならば、則ち泰士子牛存せり。社稷宗廟の享けざるが為ならば、則ち泰祝子遊存せり。諸侯賓客の之に応ずる莫きが為ならば、則ち行人子羽存せり。田野の辟かれず、倉庫の実たざるが為ならば、則ち申田存せり。国家の余り有り不足あるを聘うが為ならば、則ち吾が子存せり。寡人の五子有るは、猶お心の四支有るがごとし。心に四支有り、故に心は佚を得たり。今、寡人に五子有り、故に寡人は佚を得たり。豈に不可ならんや」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、君の言とは異なり。若し乃ち心に四支有りて、心は佚を得ば、則ち可なり。四支をして心無からしめて、十有八日、亦久しからずや」と。公、是に於いて畋を罷めて帰る。
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『晏子春秋』諫下・景公養勇士三人無君臣之義晏子諫公孫接・田開疆・古冶子、景公に事え、勇力を以て虎を搏つを聞こゆ。晏子過ぎて趨るに、三子者起たず。晏子入りて公に見えて曰く、「臣聞く、明君の勇力の士を蓄うるや、上は君臣の義有り、下は長率の倫有り、内は以て暴を禁ずべく、外は以て敵を威すべし、上は其の功を利とし、下は其の勇に服す、故に其の位を尊くし、其の禄を重くす。今君の勇力の士を蓄うるや、上に君臣の義無く、下に長率の倫無く、内は以て暴を禁ずべからず、外は以て敵を威すべからず、此れ国を危うくするの器なり、去るに若かず」と。公曰く、「三子者は、之を搏たんとするも得ざるを恐れ、之を刺さんとするも中らざるを恐る」と。晏子曰く、「此れ皆力もて勍敵を攻むるの人なり、長幼の礼無し」と。因りて公に請い、人をして少く之に二桃を饋らしめ、曰く、「三子何ぞ功を計りて桃を食わざる」と。公孫接天を仰ぎて歎じて曰く、「晏子は、智人なり。夫れ公をして吾が功を計らしむるに、桃を受けざれば、是れ勇無きなり。士は衆く桃は寡し、何ぞ功を計りて桃を食わざらんや。接一たび特豜を搏ち、再び乳虎を搏つ、接の功の若きは、以て桃を食うべくして、人と同じくする無し」と。桃を援りて起つ。
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『晏子春秋』外篇上・景公瞢見彗星使人占之晏子諫景公夢に彗星を見る。明日、晏子を召して問いて曰く、「寡人之を聞く、彗星有る者は、必ず亡国有りと。夜者、寡人夢に彗星を見る。吾夢を占う者を召して之を占わしめんと欲す」と。晏子対えて曰く、「君の居処は節無く、衣服は度無く、正しき諫めを聴かず、事を興すこと已む無く、賦斂は厭くこと無く、民を使うこと勝えざるが如し。万民は懟み怨み、茀星又将に見れんとす。奚ぞ独り彗星のみならんや」と。
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『晏子春秋』問上・景公問善為國家者何如晏子對以舉賢官能景公晏子に問いて曰く、「国に蒞み民を治む、善く国家を為むる者は何如」と。晏子対えて曰く、「賢を挙げて以て国に臨み、能に官して以て民を敕むるは、則ち其の道なり。賢を挙げ能に官すれば、則ち民は君に与す」と。公曰く、「賢能有りと雖も、吾庸ぞ知らんや」と。晏子対えて曰く、「賢にして隠るれば、則ち庸ぞ賢と為さんや。吾が君も亦た是れに務めず、故に知らざるなり」と。公曰く、「請う求賢を問わん」と。対えて曰く、「之を観るに其の遊を以てし、之を説くに其の行を以てし、靡曼の辯辞を以て其の行を定むる無く、毀誉非議を以て其の身を定むる無かれ。此の如くんば、則ち行を為して以て声を揚げず、欲を掩いて以て君を栄えしめず、故に通ずれば則ち其の挙ぐる所を視、窮すれば則ち其の為さざる所を視、富めば則ち其の分かつ所を視、貧しければ則ち其の取らざる所を視る。夫れ上士は、進み難くして退き易きなり。其の次は、進み易くして退き易きなり。其の下は、進み易くして退き難きなり。此の数物を以て人を取らば、其れ可ならんか」と。
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