晏子春秋 / 諫上・景公將伐宋瞢二丈夫立而怒晏子諫
景公舉兵將伐宋,師過泰山,公瞢見二丈夫立而怒,其怒甚盛。公恐,覺,辟門召占瞢者,至,公曰:「今夕吾瞢二丈夫立而怒,不知其所言,其怒甚盛,吾猶識其狀,識其聲。」占瞢者曰:「師過泰山而不用事,故泰山之神怒也。請趣召祝史祠乎泰山則可。」公曰:「諾。」明日,晏子朝見,公告之如占瞢之言也。公曰:「占瞢者之言曰:『師過泰山而不用事,故泰山之神怒也。』今使人召祝史祠之。」晏子俯,有間,對曰:「占瞢者不識也,此非泰山之神,是宋之先湯與伊尹也。」公疑,以為泰山神。晏子曰:「公疑之,則嬰請言湯、伊尹之狀也。湯皙而長,頤以髯,兌上豐下,倨身而揚聲。」公曰:「然,是已。」「伊尹黑而短,蓬而髯,豐上兌下,僂身而下聲。」公曰:「然,是已。今若何?」
新字:景公舉兵将伐宋,師過泰山,公瞢見二丈夫立而怒,其怒甚盛。公恐,覚,辟門召占瞢者,至,公曰:「今夕吾瞢二丈夫立而怒,不知其所言,其怒甚盛,吾猶識其状,識其声。」占瞢者曰:「師過泰山而不用事,故泰山之神怒也。請趣召祝史祠乎泰山則可。」公曰:「諾。」明日,晏子朝見,公告之如占瞢之言也。公曰:「占瞢者之言曰:『師過泰山而不用事,故泰山之神怒也。』今使人召祝史祠之。」晏子俯,有間,対曰:「占瞢者不識也,此非泰山之神,是宋之先湯与伊尹也。」公疑,以為泰山神。晏子曰:「公疑之,則嬰請言湯、伊尹之状也。湯皙而長,頤以髯,兌上豊下,倨身而揚声。」公曰:「然,是已。」「伊尹黒而短,蓬而髯,豊上兌下,僂身而下声。」公曰:「然,是已。今若何?」
書き下し
景公、兵を挙げて将に宋を伐たんとし、師、泰山を過ぐ。公、瞢に二丈夫の立ちて怒るを見る。其の怒り甚だ盛んなり。公、恐れ、覚め、門を辟きて占瞢者を召す。至る。公曰く、「今夕、吾、二丈夫の立ちて怒るを瞢す。其の言う所を知らざるも、其の怒り甚だ盛んなり。吾、猶お其の状を識り、其の声を識る」と。占瞢者曰く、「師、泰山を過ぎて事を用いず。故に泰山の神怒るなり。請う、趣やかに祝史を召して泰山に祠れば、則ち可なり」と。公曰く、「諾」と。明日、晏子朝見す。公、之に告ぐること占瞢の言の如し。公曰く、「占瞢者の言に曰く、『師、泰山を過ぎて事を用いず。故に泰山の神怒るなり』と。今、人をして祝史を召して之を祠らしめん」と。晏子俯して、有間にして対えて曰く、「占瞢者は識らざるなり。此れ泰山の神に非ず。是れ宋の先の湯と伊尹なり」と。公疑い、以て泰山の神と為す。晏子曰く、「公、之を疑わば、則ち嬰、請う、湯・伊尹の状を言わん。湯は皙にして長く、頤は以て髯あり、上は兌(するど)く下は豊かに、身を倨にして声を揚ぐ」と。公曰く、「然り。是れのみ」と。「伊尹は黒くして短く、蓬にして髯あり、上は豊かに下は兌く、身を僂めて声を下す」と。公曰く、「然り。是れのみ。今、若何せん」と。
現代語訳
景公は兵を挙げて宋を討とうとし、軍が泰山を通過しました。公は夢の中で、二人の男が立って怒っているのを見ました。その怒りはとても激しいものでした。公は恐れて目覚め、門を開けて夢占いの者を呼びました。占い師が来ると、公は言いました。「今夜、私は二人の男が立って怒る夢を見た。何を言っていたかはわからないが、怒りは非常に激しかった。姿も声も、私はまだ覚えている」。占い師は言いました。「軍が泰山を通りながら、祭りをしなかったので、泰山の神が怒っているのです。急いで祝史(祭祀の役人)を呼び、泰山を祀ればよろしいでしょう」。公は「よし」と言いました。翌日、晏子が朝見すると、公は占い師の言葉をそのまま告げ、「いま人をやって祝史を呼び、祀らせようと思う」と言いました。晏子はうつむいてしばらくし、答えました。「占い師は分かっておりません。それは泰山の神ではありません。宋の祖先である湯と伊尹です」。公は疑い、泰山の神だと考えました。晏子は言いました。「公がお疑いなら、私が湯と伊尹の姿をお話しします。湯は色白で背が高く、あごに髭があり、上は鋭く下はふくよかで、反り身で声を張り上げます」。公は言いました。「その通りだ」。「伊尹は色黒で背が低く、髪は乱れて髭があり、上はふくよかで下は鋭く、背を曲げて声は低いです」。公は言いました。「その通りだ。さて、どうしよう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公十五年 韓原の戦い壬戌、韓原に戰ふ。晉の戎馬濘に還りて止まる。公慶鄭を號ぶ。慶鄭曰く、「諫に愎り卜に違ふ、固より敗を是れ求む、又何ぞ逃れん」と。遂に之を去る。梁由靡韓簡を御し、虢射右と為り、秦伯を輅へ、將に之を止めんとす。鄭公を救ふを以て之を誤らしめ、遂に秦伯を失ふ。秦晉侯を獲て以て歸る。晉の大夫首を反し舍を拔きて、之に從ふ。秦伯使ひして辭せしめて曰く、「二三子何ぞ其れ慼へるや。寡人の君に從ひて西するや、亦た晉の妖夢を是れ踐むのみ、豈に敢へて以て至らんや」と。晉の大夫三拜稽首して曰く、「君は后土を履みて皇天を戴く。皇天后土、實に君の言を聞く、群臣敢へて下風に在らん」と。穆姬晉侯の將に至らんとするを聞き、大子罃・弘と女簡・璧とを以て、臺に登りて薪を履む。免服衰絰を以て逆へしめ、且つ告げしめて曰く、「上天災を降し、我が兩君をして玉帛を以て相見えずして、戎を興すを以てせしむ。若し晉君朝に以て入らば、則ち婢子夕べに以て死せん。夕べに以て入らば、則ち朝に以て死せん。唯だ君之を裁け」と。乃ち諸を靈臺に舍らしむ。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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史記 宋微子世家微子開は、殷の帝乙の首子にして帝紂の庶兄なり。紂既に立ち、明らかならず、政に淫乱す。微子数々諫むるも、紂聴かず。祖伊周の西伯昌の徳を修め、黎国を滅ぼすを以て、禍の至らんことを懼れ、以て紂に告ぐるに及ぶ。紂曰く、「我が生は命天に在る有らずや。是れ何をか能く為さん」と。是に於て微子、紂の終に諫むべからざるを度り、之に死せんと欲し、及び去らんとするも、未だ自ら決すること能はず。乃ち太師・少師に問ひて曰く、「殷は治政有らず、四方を治めず。我が祖遂に上に陳ぶ。紂酒に沈湎し、婦人是れ用ひ、湯の徳を下に乱敗す。殷既に小大好んで草窃姦宄し、卿士師師度に非ず、皆罪辜有り、乃ち維れ獲ること无し。小民乃ち并び興り、相敵讎と為る。今殷其れ典喪へり。水を渉るに津涯无きが若し。殷遂に喪ひ、越に今に至る」と。曰く、「太師、少師、我其れ発して出で往かんか。吾が家喪に保たんか。今女故无くして予に告ぐ。顛躋(てんせい)せば、之を如何せん」と。太師若(かく)のごとく曰く、「王子、天篤く菑(わざはひ)を下して殷国を亡ぼす。乃ち畏るべきを畏れず、老長を用ひず。今殷の民乃ち神祇の祀を陋淫す。今誠に国を治むるを得ば、国治まりて身死すとも恨みず。死を為して、終に治むるを得ずんば、去るに如かず」と。遂に亡ぐ。箕子は、紂の親戚なり。紂始めて象箸を為る。箕子嘆じて曰く、「彼象箸を為らば、必ず玉桮を為らん。桮を為らば、則ち必ず遠方の珍怪の物を思ひて之を御せん。輿馬宮室の漸、此より始まり、振ふべからず」と。紂淫泆を為す。箕子諫むるも、聴かず。人或いは曰く、「以て去るべし」と。箕子曰く、「人臣為りて諫めて聴かれずして去るは、是れ君の悪を彰らかにして自ら民に説(よろこ)ばるるなり。吾為すに忍びざるなり」と。乃ち髪を被り詳狂して奴と為る。遂に隠れて琴を鼓きて以て自ら悲しむ。故に之を伝へて箕子操と曰ふ。王子比干は、亦た紂の親戚なり。
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史記 季布欒布列伝中郎将と為る。単于嘗て書を為りて呂后を嫚り、不遜なり、呂后大いに怒り、諸将を召して之を議す。上将軍樊噲曰く「臣願はくは十万の衆を得て、匈奴の中に横行せん」と。諸将皆呂后の意に阿り、「然り」と曰ふ。季布曰く「樊噲斬るべきなり。夫れ高帝兵四十余万の衆を将ゐて、平城に困しむ、今噲柰何ぞ十万の衆を以て匈奴の中に横行せんとするは、面欺なり。且つ秦胡に事とするを以て、陳勝等起こる。今に于て創痍未だ瘳えず、噲又面諛し、天下を揺動せんと欲す」と。是の時殿上皆恐れ、太后朝を罷め、遂に復た匈奴を撃つ事を議せず。
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史記 楽書上は朝廷より、下は人民に至るまで、以て歓喜を接し、殷勤を合するを得、此の和説に非ずんば通ぜず、解沢流れず、亦各々一世の化、時を度るの楽なり、何ぞ必ずしも華山の騄耳にして而る後に遠きを行かんや」と。二世之を然りとす。高祖、沛を過りて三侯の章を詩し、小児をして之を歌はしむ。高祖崩じ、沛をして四時に宗廟に歌舞するを得しむ。孝恵・孝文・孝景は増更する所無く、楽府に於いて常を習ひ旧を肄ふのみ。今上即位するに至り、十九章を作り、侍中李延年をして其の声を次序せしめ、拝して協律都尉と為す。一経に通ずるの士も独り其の辞を知る能はず、皆五経の家を集会し、相与に共に講習して之を読み、乃ち能く其の意を通知す、多く爾雅の文なり。漢家常に正月上辛を以て太一を甘泉に祠り、昏時を以て夜祠り、明に到りて終はる。常に流星の祠壇の上を経る有り。僮男僮女七十人をして俱に歌はしむ。春は青陽を歌ひ、夏は朱明を歌ひ、秋は西暤を歌ひ、冬は玄冥を歌ふ。世に多く有り、故に論ぜず。又嘗て神馬を渥洼の水中に得て、復た次して以て太一の歌と為す。歌曲に曰く、「太一貢ぎて天馬下る、赤汗に霑ひて沫赭を流す。騁せて容与として万里を跇ゆ、今安んぞ匹せん、龍を友と為す」と。後に大宛を伐ちて千里の馬を得、馬の名は蒲梢、次して作りて以て歌と為す。歌詩に曰く、「天馬来たる、西極よりす。万里を経て有徳に帰す。霊威を承けて外国を降し、流沙を渉りて四夷服す」と。中尉汲黯進みて曰く、「凡そ王者の楽を作るは、上は以て祖宗を承け、下は以て兆民を化す。今陛下馬を得て、詩して以て歌と為し、宗廟に協す、先帝百姓豈に能く其の音を知らんや」と。上黙然として説ばず。丞相公孫弘曰く、「黯は聖制を誹謗す、当に族すべし」と。凡そ音の起こるは、人心より生ずるなり。人心の動くは、物之をして然らしむるなり。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又喩ヘテ云ハ。賢君明主ハ忠臣ヲ信任シ。諫言ヲ用ル如クシヤ。漢ノ高祖カ諫ニ従フコト流ノ如ク。唐ノ太宗ノ魏徴カ苦諫ノ言ヲ用ヒアリシ類。ソノ如ク。正法ノ因縁アル者ハ必ス不邪見戒ニ随順スルシヤ。此ニ反シテ宿福ナキ者ハ。智者モ愚者モ。学者モ不学者モ仏アルコトヲ信セヌ。法アルコトヲ信セヌ。聖賢アルコトヲ信セヌ。神祇有コトヲ信セヌ。善悪報応有コトヲ信セヌシヤ。
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