晏子春秋 / 諫上・景公愛嬖妾隨其所欲晏子諫
且詩曰:『載驂載駟,君子所屆。』夫駕八,固非制也,今又重此,其為非制也,不滋甚乎!且君苟美樂之,國必眾為之,田獵則不便,道行致遠則不可,然而用馬數倍,此非禦下之道也。淫於耳目,不當民務,此聖玉之所禁也。君苟美樂之,諸侯必或效我,君無厚德善政以被諸侯,而易之以僻,此非所以子民、彰名、致遠、親鄰國之道也。且賢良廢滅,孤寡不振,而聽嬖妾以祿禦夫以蓄怨,與民為仇之道也。詩曰:『哲夫成城,哲婦傾城。』今君不思成城之求,而惟傾城之務,國之亡日至矣,君其圖之。」公曰:「善。」遂不復觀,乃罷歸翟王子羨,而疏嬖人嬰子。
新字:且詩曰:『載驂載駟,君子所届。』夫駕八,固非制也,今又重此,其為非制也,不滋甚乎!且君苟美楽之,国必衆為之,田猟則不便,道行致遠則不可,然而用馬数倍,此非禦下之道也。淫於耳目,不当民務,此聖玉之所禁也。君苟美楽之,諸侯必或効我,君無厚徳善政以被諸侯,而易之以僻,此非所以子民、彰名、致遠、親鄰国之道也。且賢良廃滅,孤寡不振,而聴嬖妾以禄禦夫以蓄怨,与民為仇之道也。詩曰:『哲夫成城,哲婦傾城。』今君不思成城之求,而惟傾城之務,国之亡日至矣,君其図之。」公曰:「善。」遂不復観,乃罷帰翟王子羨,而疏嬖人嬰子。
書き下し
且つ詩に曰く、『載ち驂し載ち駟す、君子の届る所』と。夫れ駕八は、固より制に非ず、今又此れを重ぬ、其の制に非ざること、滋ます甚だしからずや。且つ君苟くも之を美とし楽しめば、国は必ず眾く之を為さん。田猟には則ち便ならず、道行き遠きを致すには則ち不可なり。然り而して馬を用うること数倍す、此れ下を禦する道に非ざるなり。耳目に淫して、民の務めに当たらず、此れ聖王の禁ずる所なり。君苟くも之を美とし楽しめば、諸侯必ず或いは我に效わん。君は厚徳善政以て諸侯を被うこと無くして、之を易うるに僻を以てす、此れ民を子とし、名を彰らかにし、遠きを致し、鄰国に親しむ所以の道に非ざるなり。且つ賢良廃滅し、孤寡振わざるに、嬖妾を聴きて禦夫に禄し以て怨みを蓄う、民と仇を為す道なり。詩に曰く、『哲夫は城を成し、哲婦は城を傾く』と。今君は城を成すの求めを思わず、惟だ城を傾くるの務めのみ、国の亡ぶ日至らん、君其れ之を図れ」と。公曰く、「善し」と。遂に復た観ず、乃ち翟王子羨を罷め帰し、嬖人嬰子を疏ず。
現代語訳
さらに詩にこうあります。『驂馬をつけ駟馬をつなぐ、君子の至るところ』と。八頭立ての馬車は、もとより制度に合いません。今、そこへさらに重ねるのは、制度に合わないことがますますはなはだしくなりませんか。そのうえ、君が少しでもこれを美しいと楽しまれれば、国中でそれをする者が必ず増えます。狩りには不便で、遠くへの道行きにも不向きですが、それなのに馬を数倍使います。これは下の者を御する道ではありません。耳や目の楽しみに溺れて、民の務めに合わないことは、聖王が禁じたところです。君が少しでもこれを美しいと楽しまれれば、諸侯の中にも必ず我が国を真似る者が出ます。君は厚い徳と善い政で諸侯を覆うことなく、それを偏ったことに替えています。これは民を我が子のように扱い、名を明らかにし、遠くまで至り、隣国と親しむ道ではありません。さらに、賢良が廃れて滅び、孤児や寡婦が奮い立たないのに、愛妾の言を聴いて御者に禄を与え、怨みを蓄えるのは、民と仇になる道です。詩にこうあります。『賢い男は城を築き、賢い女は城を傾ける』と。今、君は城を築く求めを思わず、城を傾ける務めだけに励んでいます。国の亡ぶ日が来ます。どうか君、お考えください。」公は言いました。「よろしい。」ついに二度と見ず、翟の王子羨を帰らせ、嬖人の嬰子を遠ざけました。
解説
この章句が説くこと
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